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大阪地方裁判所 平成5年(ワ)8961号 判決 1996年3月26日

大阪市旭区高殿一丁目二番八号

原告

旭加工紙株式会社

右代表者代表取締役

中川裕之

右訴訟代理人弁護士

三山峻司

右輔佐人弁理士

奥村茂樹

東京都板橋区本町二三番二三号

被告

モダン・プラスチツク工業株式会社

右代表者代表取締役

小林孝彦

東京都台東区台東一丁目五番一号

被告

エイブリイ・トツパン株式会社

右代表者代表取締役

森田宏

右両名訴訟代理人弁護士

安田有三

右輔佐人弁理士

秋元輝雄

蔵合正博

志村正和

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求の趣旨

一  被告らは連帯して、原告に対し四六五六万六四〇〇円及びこれに対する平成五年九月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告モダン・プラスチツク工業株式会社は、原告に対し四四二一万八五〇〇円及びこれに対する平成六年二月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は被告らの負担とする。

四  仮執行の宣言

第二  事案の概要

一  原告は、左記特許権(以下「本件特許権」という。)を有していた(平成七年四月二一日の経過をもって存続期間満了。争いがない。)。

発明の名称 透明の合成樹脂フイルムのみを被着物に残存するようにした荷札、ラベル等の表示紙とその製造方法

出願日 昭和五一年一一月五日(特願昭五一-一三二二九六)

出願公告日 昭和五五年四月二一日(特公昭五五-一五〇三五)

登録日 昭和五五年一一月二八日

特許番号 第一〇二四四〇三号

特許請求の範囲

「1 種々の印刷を施した紙4と透明の合成樹脂フイルム2と感圧性粘着剤8及び剥離紙9を順に積層したことを特徴とする透明の合成樹脂フイルムのみを被着物に残存するようにした荷札、ラベル等の表示紙。

2 種々の印刷を施した紙4の重量を四〇g/m2~七〇g/m2とし、透明の合成樹脂フイルムの厚さを一五μ~五〇μとしたことを特徴とする特許請求の範囲第1項記載の透明の合成樹脂フイルムのみを被着物に残存するようにした荷札、ラベル等の表示紙。

3 種々の印刷を施した紙4と透明の合成樹脂フイルム2と感圧性粘着剤8及び剥離紙9を順に積層したものの一端に紙4を残して切り欠く10か又は切目11を設けたことを特徴とする特許請求の範囲第1項又は第2項記載の透明の合成樹脂フイルムのみを被着物に残存するようにした荷札、ラベル等の表示紙。

4 透明の合成樹脂フイルムをTダイ3から押し、出し、押圧ロール紙4とラミネートする方法において、ラミネーション時の溶融樹脂フイルム2の押出し温度を、各種合成樹脂のそれぞれの溶融温度よりやや低い温度にすることで接着後剥離が容易になるように紙4とラミネートし、その後前記合成樹脂フイルム2の側に感圧性粘着剤8と剥離紙4を積層して紙4、合成樹脂フイルム2、感圧性粘着剤8及び剥離紙9を順に積層したことを特徴とする透明の合成樹脂フイルムのみを被着物に残存するようにした荷札、ラベル等の表示紙の製造方法。

5 前記透明の合成樹脂フイルムを、高圧ポリエチレン、中圧ポリエチレンあるいはポリプロピレンから選ばれた一種又は数種のものであることを特徴とする特許請求の範囲第4項記載の透明の合成樹脂フイルムのみを被着物に残存するようにした荷札、ラベル等の表示紙の製造方法。」(別添特許公報〔以下「公報」という。〕参照)

二  本件特許権の特許請求の範囲のうち、第1項は物の発明であり、第4項は方法の発明である。第2項及び第3項は第1項の発明の実施態様を示したものであり、第5項は第4項の発明の実施態様を示したものである(争いがない。)。本件訴訟では、第1項の発明のみが問題となっている(以下「本件特許発明」という。)。

三  本件特許発明の構成要件は、以下のとおり分説するのが相当である(甲第一号証)。

1<1>  種々の印刷を施した紙4と

<2>  透明の合成樹脂フイルム2と

<3>  感圧性粘着剤8及び

<4>  剥離紙9を

順に積層したことを特徴とする

2  透明の合成樹脂フイルムのみを被着物に残存するようにした

3  荷札、ラベル等の表示紙

四  本件明細書には、作用効果について以下のとおり記載されている(甲第一号証)。

1  段ボール、紙箱等の被着物を破損することなく簡単に荷札、ラベル等の表示紙を剥離できるだけでなく、剥離後の段ボール等の表面の印刷を消すことがなく美麗である(公報5欄25行~6欄2行)。

2  紙4の剥離後は被着物に合成樹脂フイルムが感圧性粘着剤と共に残存するが、更にこの合成樹脂の上からでもこの発明の表示紙を重ねて貼着することができる(同6欄3行~6行)。

3  経済性の上でも長網抄紙法により抄造された紙と円網抄紙法により抄造された紙とを積層したものより、この発明のように紙と合成樹脂フイルムとを積層したものの方が安価であり、工程上も従来の合成樹脂のラミネートする方法をそのまま利用することによりきわめて有益である(同6欄7行~13行)。

五  被告らの行為(弁論の全趣旨)

1  被告モダン・プラスチツク工業株式会社(以下「被告モダン・プラスチツク」という。)は、別紙イ号-A物件目録記載の葉書用隠蔽紙形成用シール原反(商品名「プライベートシール」。以下「イ号-A物件」という。)を製造し、これを被告エイブリイ・トツパン株式会社(以下「被告エイブリイ・トツパン」という。)、訴外大成紙工株式会社、訴外三光産業等に販売している。

被告エイブリイ・トツパンは、これを購入し、印刷等を施して別紙イ号-B物件目録記載の葉書用隠蔽紙形成用材料(商品名「プライベートシール」。以下「イ号-B物件」という。)として販売している(被告モダン・プラスチツクがイ号-B物件を販売している事実を認めるに足りる証拠はない。)。

2  被告モダン・プラスチツクは、かつて、一部、別紙ロ号-A物件目録記載の葉書用隠蔽紙形成用シール原反(商品名「シークレットキープラベル」。以下「ロ号-A物件」という。)を製造し、被告エイブリイ・トツパンに販売したことがある(現在は製造販売していない。)。

被告エイブリイ・トツパンは、他社からロ号-A物件を購入し(右のとおり、かつて被告モダン・プラスチツクから一部購入したこともある。)、これに印刷等を施して別紙ロ号-B物件目録記載の葉書用隠蔽紙形成用材料(商品名「シークレットキープラベル」。以下「ロ号-B物件」という。)として販売している(被告モダン・プラスチツクがロ号-B物件を販売している事実を認めるに足りる証拠はない。)。

六  請求の概要

イ号-B物件及びロ号-B物件(以下、合わせて「被告物件」という。)が本件特許発明の技術的範囲に属することを前提に、

被告モダン・プラスチツクは被告物件を製造して被告エイブリイ・トツパンに販売し、被告エイブリイ・トツパンはこれを他に販売して本件特許権を侵害したものであるから、被告らは共同不法行為者として損害賠償責任を負うと主張して、被告らに対し原告の被った損害金四六五六万六四〇〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成五年九月二八日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を請求するとともに、

被告モダン・プラスチツクは被告エイブリイ・トツパンを介さず直接他に被告物件を販売して本件特許権を侵害したものであると主張して、右直販分の損害金四四二一万八五〇〇円及びこれに対する請求の趣旨拡張の申立書送達の日の翌日である平成六年二月三日から支払済みまで前同様の遅延損害金の支払を請求するもの。

七  争点

1  被告物件は本件特許発明の技術的範囲に属するか。

(一) 被告物件は本件特許発明の構成要件1を具備するか。

(二) 被告物件は本件特許発明の構成要件2を具備するか。

(三) 被告物件は本件特許発明の構成要件3を具備するか。

2  本件特許発明の特許には無効事由があるか。

3  被告らが損害賠償責任を負う場合、原告に賠償すべき損害の額。

第三  争点に関する当事者の主張

一  争点1(一)(被告物件は本件特許発明の構成要件1を具備するか)

【原告の主張】

本件特許発明の構成要件1は、上層から下層に、<1>種々の印刷を施した紙(以下、単に「紙」ということがある。)、<2>透明の合成樹脂フイルム、<3>感圧性粘着剤、<4>剥離紙という順番(序列)で積層されていれば足りることを意味するから、被告物件は右構成要件1を具備するものである。

1 本件特許発明の構成要件1の意味

(一) 本件特許発明の構成要件1は、上層から下層に、<1>種々の印刷を施した紙、<2>透明の合成樹脂フイルム、<3>感圧性粘着剤、<4>剥離紙という順番(序列)で積層されていることを意味し、これらがそれぞれ直接(他の層を介在させることなく)隣接している必要はない。

一般の用語例においても、「積層」という語は、各層が重ねられて一体化したものであること、及び各層間には他の層が介在してもよいことを前提として使用されている(甲第三二、第三三号証)。

(二) 被告らは、特許請求の範囲の「順に積層した」との文言から、本件特許発明は右各層の間に他の層が介在することを排除していると主張する。しかし、本件特許発明の趣旨は、表示紙を被着物に貼着した後、透明の合成樹脂フイルムのみを残存させて、被着物表面に記載された文字や模様等が消されないようにすることにあるから、各層を直接当接するように積層しなければならないということはない。なぜなら、透明の合成樹脂フイルムのみを残存させることができ、被着物表面に記載された文字や模様等が消されなければ、各層間に何らかの介在層が存在したとしても、本件特許発明の趣旨は全うできるからである。

もし被告らの主張が正しいとすれば、積層体の発明については、各層間に何らかの介在層を設けさえすれば、その発明の技術的範囲に属しないということになってしまう。したがって、対象物における介在層の存在によって、その発明の趣旨が破壊されたか否かを考慮すべきである。

特許請求の範囲には、発明の構成に欠くことのできない事項のみが記載されているのであって(昭和六〇年法律第四一号による改正前の特許法三六条五項)、任意の他の層の存在を予定していないというものではない。任意の事項であるから、特許請求の範囲に記載のないのはむしろ当然である。もし任意の他の層の存在を予定していないものであれば、「…剥離紙9のみを順に積層した…」と記載されたはずである。任意の他の層が介在してもよいことを言うために、明細書に逐一その旨を記載しなければならないとすると、煩雑にすぎ、いたずらに発明の保護を狭めることになる。

特許発明の技術的範囲を確定するに当たっては、その発明の性質や目的(最判昭三九・八・四・民集一八巻七号一三一九頁)、発明の解決すべき技術的課題及びその基礎となる技術的思想(東京高判平六・二・三判時一四九九号一一〇頁)を十分に参酌すべきであり、これらを捨象して、いたずらに厳格な文言解釈に片寄るべきではない。

(三) 被告ら指摘の発明の詳細な説明の記載(公報3欄13行~38行)は、本件特許発明に係る表示紙の製造方法の一例を示したものにすぎず、特許請求の範囲では、紙と透明の合成樹脂フイルムとが直接当接するものであるとの限定は付していない。

被告ら指摘の作用効果の記載(公報6欄9行~13行)は、本件特許発明ではなく、方法の発明である特許請求の範囲第4項の発明の作用効果についての記載である。

(四) 被告モダン・プラスチツクのした無効審判請求につき成り立たないとした審決(乙第一八号証。以下「本件審決」という。)の、「『積層する』とは、各層を構成するものが一体になるような結合状態にあることを技術的に意味している」との説示は、被告モダン・プラスチツクが無効審判請求において、「しかし紙4とフイルム2との間は、両者を積層しただけでは必ずしも接着するものではない。それどころか、通常において、紙4とフイルム2とは共に接着剤としての機能を有するものではないから、両者を積層しても互いにばらばらであり、一方を持ち上げれば他方は離れるという関係にある」と主張したのに対する応答として、本件特許発明の各層は、単に重ねただけの、ばらばらになっているものではなく、全体として一体になるように結合されていると判断したものであり、その理由として発明の詳細な説明を参酌したものである。結局、本件審決では、紙と透明の合成樹脂フイルムとは、直接結合、間接結合を問わず、結合状態にあることだけが認定されているのである。

(五) 被告らは、本件特許発明の構成要件1<2>の透明の合成樹脂フイルムは、紙4に圧着する前から一定の形を有する「フイルム」として存在するものであると主張するが、特許請求の範囲の記載に基づかない主張である。特許請求の範囲の記載では、当初からフイルム形態であったか否かは関係がないし、その厚さも何ら限定していない。積層法についても、どのような方法を採用するかは問わない。一実施例においてはラミネーション法を採用しているが、ラミネーション法も塗布法も積層手段として周知の技術であり、層をあらかじめ形成するか、層を後で形成するかが相違するだけである。どの積層方法を採用するかによって、接着と剥離の原理が決定されるというものでもない。本件特許発明は物の発明であって、どのような方法でこの物が製造されたかは問わないのである。

2 本件特許発明の構成要件1と被告物件の対比

(一) 被告物件のa、c、d、eの各層を順に積層した構成は、本件特許発明の構成要件1を充足する。本件特許発明の特許請求の範囲には、被告物件の隠蔽層bに対応する構成が記載されていないが、前記のとおり特許請求の範囲には発明の構成に欠くことができない事項のみが記載されているのであるから、このような構成は、本件特許発明において採用してもしなくてもよいものである。

被告らは、被告物件に隠蔽層b(介在層)を設けた意義について、固有の課題、技術手段がある旨主張するが、要するに、内容物の記載を秘密にする秘匿性の向上と、隠蔽紙全体に強度を持たせるとの主張に尽きるものと思われる。本件特許発明においても、第一層の紙は元来透明なものは排除され、これにより下層の記載は隠されているのが一般的であり、全体の強度は、本件特許発明の解決課題・作用効果と何の関係もない事項である。しからば、本件特許発明の「表示紙を剥離した際に被着物の表面を損傷することなく、しかも被着物の表面の印刷等を覆い隠さないように」するという所期の解決課題に対し、(間接積層を含む意味での)順次四層積層構造をとって「透明の合成樹脂フイルムのみを被着物に残存させ」る具体的実現手段としては、隠蔽層があってもなくても何ら変わるところがない。すなわち、隠蔽層は、本件特許権の侵害を回避するための弁解を用意するのに設けられた単なる付加にすぎない。

(二)(1) 本件特許発明では、前記のとおり積層法のいかんを問わないから、被告物件の塗布層Cが本件特許発明における「透明の合成樹脂フイルム2」に該当することは明らかである。

(2) 社会保険庁の仕様書(乙第六号証)における「参考」欄のメーカー別仕様は、納入実績のある各社が提出したものを同庁が転載したものにすぎない。これは、入札希望者の参考に供するものであって、日本工業規格(JIS)に相当する客観的基準というようなものではないし、被告物件の欄に「透明インキ塗布層」と書かれているからといって、「フイルムに当たらない」と定められているわけではない。

被告らは、社会保険庁は右仕様書を改訂し(乙第一七号証)、平成七年の納入分から源泉徴収票にフイルムタイプの製品は採用できないことを定めたと主張するが、乙第一七号証は、平成七年一月九日に納入される源泉徴収票用のラベルについて、たまたま右入札時点における社会保険庁の適用仕様の製品のみが記載されているのであり、透明インキ層を有するものと、原告製品のようなフイルムタイプの製品とで性能に差異があったからではない。このことは、平成七年度以降のシールについて平成七年二月二八日付で原告宛に甲第三五号証(「支払通知書等貼付用シールの貼付結果について」と題する文書)が、同年三月には入札参加予定の印刷業者に甲第三六号証(「シール及びシール台紙の仕様書」と題する書面)がそれぞれ社会保険業務センターから送付されており、そこには原告製品のようなフイルムタイプの製品も記載されていることから明らかである。

【被告らの主張】

本件特許発明の構成要件1は、上層から下層に、<1>種々の印刷を施した紙、<2>透明の合成樹脂フイルム、<3>感圧性粘着剤、<4>剥離紙の各層がそれぞれ直接(他の層を介在させることなく)隣接して積層されていることを意味するところ、被告物件は、紙の層aと透明の塗布層cとの間にポリエチレンの隠蔽層bが介在するのみならず、右透明の塗布層は本件特許発明の「透明の合成樹脂フイルム2」に該当しないから、本件特許発明の構成要件1を具備しない。

1 本件特許発明の構成要件1の意味

(一) 特許請求の範囲には、種々の印刷を施した紙4と透明の合成樹脂フイルム2と感圧性粘着剤8及び剥離紙9を「順に積層したこと」を特徴とする

旨規定されている。

右記載は、単に「四層から成る」ということではなく、上層から下層に右の四層を順にそれぞれ直接(他の層を介在させることなく)隣接して積層することを必須要件とすることを明記したものである(四層順次積層体)。したがって、本件特許発明は、右各層の間に他の層が介在することを排除している。

(二) 発明の詳細な説明においても、実施例の説明ではなく本件特許発明そのものの説明として、「紙4のみが剥離するよう合成樹脂フイルム2をその溶融温度以下に加熱して、紙4に同フイルムを圧着して積層する」ことが記載され(公報3欄13行~38行)、紙4と透明の合成樹脂フイルム2とを直接接着する構成が示されており、また、本件特許発明の作用効果として、従前の表示紙に対して「この発明のように紙と合成樹脂フイルムとを積層したものの方が安価」(公報6欄9、10行)、「工程上も従来の合成樹脂のラミネートする方法をそのまま利用することによりきわめて有益である。」(同欄10行~13行)と記載され、右直接接着の構成による経済上及び工程上の作用効果が示されている。

(三) 原告は、本件特許発明の趣旨は、表示紙を被着物に貼着した後、透明の合成樹脂フイルムのみを残存させて、被着物表面に記載された文字や模様等が消されないようにすることにあるから、各層を直接当接するように積層しなければならないということはない旨主張するが、前記特許請求の範囲の記載から明らかなとおり、本件特許発明は、前記の四層順次積層体であることを特徴とするものである。原告のいう本件特許発明の趣旨は、実用新案出願公開昭五〇-一二六〇二号(実願昭四八-六六三二三号)に係る明細書及び図面(乙第二号証の1・2)に記載された公知技術と同一であり、そこに法的価値はない。

(四) 本件審決も、発明の詳細な説明の記載(公報3欄16行~18行、33行~38行)により、「積層」するとは、単に重ねたものではなく、各層を構成するものが一体になるような結合状態にあることを技術的に意味すると認定しているから、本件特許発明が四層順次積層体であるとしている(なお、被告モダン・プラスチツクは、東京高等裁判所に本件審決の取消訴訟を提起した〔同庁平成七年(行ケ)第一九号〕。)。

(五) 本件特許発明は、特許請求の範囲に記載されたとおり、紙4に対して透明の合成樹脂「フイルム」2を積層するものである。発明の詳細な説明においても、押出機から押し出されたフイルムを紙4に対して圧着するものであり、右フイルムの圧着後、クーリングロール5を利用し(公報4欄3行)、冷却器7を介して積層すること(同欄16・17行)、合成樹脂フイルムはフイルムとしてその形状、強度を確保するため所定の厚さが必要であり、「一五~五〇μが最適であり、一五μ未満であれば強度が弱く不完全」であること(同欄25~27行)が記載されている。

したがって、本件特許発明の構成要件1<2>の透明の合成樹脂フイルムは、紙4に圧着する前から一定の形を有する「フイルム」として存在するものである。

2 本件特許発明の構成要件1と被告物件の対比

(一) 本件特許発明の構成要件1は四層順次積層体であることを意味するから、五層からなる被告物件は、既にこの点からして構成要件1を具備しない。

また、本件特許発明の構成要件1が、上層から下層に、<1>種々の印刷を施した紙、<2>透明の合成樹脂フイルム、<3>感圧性粘着剤、<4>剥離紙の四層がそれぞれ直接(他の層を介在させることなく)隣接して積層されていることを意味するのに対し、被告物件においては、コート紙aと塗布層c(仮にこれが本件特許発明にいう透明の合成樹脂フイルム2に該当するとしても)との間に隠蔽層bが介在している。

そして、右隠蔽層bは、あってもなくてもよいというような付加的要素ではなく、葉書用隠蔽紙において最も重要な技術的事項であって、固有の課題を有する技術手段であり、次の(1)ないし(4)のとおり隠蔽紙としての必要な強度、光の遮断、水の遮断、更にはその成分であるポリエチレン樹脂と塗布層cとの間の接着・剥離の技術的手段を決定付けているものであるから、被告物件は、第一層たる紙の層と第二層たる透明の合成樹脂層を「順に積層」したものに当たらない。

(1) 右隠蔽層は、暗褐色に着色した(イ号-B物件)、又は黒インキ塗布層に重ねた(ロ号-B物件)溶融液状ポリエチレン樹脂を塗布し冷却して、コート紙aに固着したものである(右溶融状態の樹脂がコート紙aの繊維間に食い込み冷却固化して強固に結合し、更に物理的・化学的結合力が働いて、両者は剥離できない一体物となる。)。

(2) 暗褐色又は黒色の着色と所定厚さ(二五μ、一五μ)により、光を完全に遮断する。

(3) ポリエチレン樹脂層は、隠蔽紙全体としての強度を定めるもので、支持体となっており、また、水を遮断する。

(4) 仮に隠蔽層を介さずに、コート紙aに透明インキcを塗布し乾燥すれば、両者は強く結合し、剥離することは不可能であるから、インキ塗布層cを葉書表面に残して葉書表面を保護するためには、隠蔽紙層が不可欠である。

原告は、対象物における介在層の存在によって、「その発明の趣旨が破壊」されたか否かを考慮すべきである旨主張するが、被告物件における介在層である隠蔽層は、内容物の税額等を「秘密にする」ものであり、段ボール箱、缶、瓶などの内容物である品物の種類等を「表示する」荷札、ラベル等の表示紙という本件特許発明と矛盾し、これを否定するものであるから、まさに「本件特許発明の趣旨を破壊」するものに他ならない。

(二) 被告物件の「塗布層c」は、以下のとおり、本件特許発明における「透明の合成樹脂フイルム2」に該当しない。

(1) 被告物件の塗布層cは、主剤、助剤からなる液に無機物質たる添加剤が無数の微粒子として分散している液体を隠蔽層bに塗布するものであり、乾燥後は無数の無機物質たる微粒子が、それぞれ脆く弱い状態で結合し、全体として極めて薄い層を形成し、隠蔽層bに接着していることによって層としての形を維持しているものの、隠蔽層bがなければ層としての形を維持できないから、本件特許発明における「透明の合成樹脂フイルム2」のように紙4に圧着する前から一定の形を有する「フイルム」として存在するものではない。

そして、塗布層cは、その厚さがイ号-B物件で約一〇μ、ロ号-B物件で約五μであり、しかも、葉書に貼着後の剥離時に任意の位置で厚さ方向に破断するよう形成することにより、隠蔽層bと塗布層cとの境界面における剥離性を確保しており、剥離後は再び重ねることはないから、前記のとおり所定の強度を要し、一五μ未満の厚さでは不完全であり、また、被着物に貼付後、紙4のみを剥離し、フイルムとして残存させて転送時などに更に別の本件特許発明の表示紙を重ねることが予定されている(公報2欄23行~28行、6欄3行~6行)本件特許発明の「合成樹脂フイルム2」とは異なるものである。

技術常識としても、本件特許発明において採用されているような各種の合成樹脂(ポリエチレン・ポリプロピレン等)のフイルムは、それ自体が単体でフイルムとして存在し、また所定の引張強さ、インパクト(衝撃)強さ等の機械的強度を有し、単品であるいは複合材料の支持体として利用されるものと理解されている(乙第一五、第一六号証)。したがって、右のような被告物件のインキ塗布層は、右技術常識からみても「フイルム」とはいえない。

(2) 被告物件の塗布層cがフイルムとは異なる別のものであることは、公表された社会保険庁の平成六年版の葉書用隠蔽紙についての仕様書(乙第六号証)において、右両者を区別して規定していることからも明らかである。

すなわち、右仕様書では、シール原反は原告製品及び被告物件を含む計七の製品又はこれらと同等以上のものであることを要する旨規定したうえ、右各製品を、剥離後葉書に残存する層がフイルムである狭山化工株式会社(PET透明フイルム)、原告(PPフイルム、PETフイルム)、大日本インキ化学工業株式会社(PETフイルム)の各製品と、残存する層が透明インキ層(被告物件の塗布層cに当たる。)である被告エイブリイ・トツパン、被告モダン・プラスチツクの各製品とに分け、前者の残存する層がフイルムであるタイプについては、いずれも「シールの左側にミシン目(プルトップ)を入れる」、「シールの左下にカットを入れる」、「シールの左側にカットを入れる」などと表面の仕様を定め、後者の残存する層が透明インキ層であるタイプ、すなわち被告物件については、「ミシン目、カット等は不要」としている。

これは、前者のタイプでは、仮にフイルムに剥離力が加えられると、これが強いため葉書表面の紙もはがれて文字が消えてしまうので、表面の紙から残存すべきフイルム層まで切込みを入れ、これによって右フイルム層より上側をつかんで剥がせるようにして、右フイルム層の表面で剥離するようにする必要があるのに対し、被告物件では、塗布層cが前記のとおり脆くて薄く、仮に塗布層cに剥離力が加えられても塗布層cが破断し、隠蔽層bと塗布層cとの境界面での剥離を確保しているので、切込みが不要であるからである。したがって、被告物件の方が作用効果において優れている。

それでも、平成六年一月、厚生年金の源泉徴収票にフイルムタイプの葉書用隠蔽紙が使用されたものについて、葉書表面の紙も剥がれて文字が消えてしまうという事故が生じた(乙第七、第八号証)ため、社会保険庁は、右仕様書を改訂し(乙第一七号証)、平成七年の納入分から、源泉徴収票にフイルムタイプの製品は採用できないことを定め、残存する層がインキ塗布層である製品のみを許容することとした。

右葉書用隠蔽紙についての社会保険庁の仕様書によって定められている技術的事項は、葉書用隠蔽紙の当業者にとって客観的な基準であって、この業界の日本工業規格(JIS)ともいうべきものであり、前記のシール原反業者以外の第三者も、右仕様書の基準を満たす葉書用隠蔽紙を社会保険庁に納入すべく入札に参加することができ、この第三者の要求があれば右原反業者は右第三者にシール原反を納入する義務がある。

被告物件の葉書用隠蔽紙に採用されている透明インキ塗布層は、右客観的基準により「フイルムに当たらない」と定められているのである。右塗布層は、他の層との一体的ないし有機的結合によって全体として葉書用隠蔽紙を構成している一つの層として判断されるべきであり、葉書用隠蔽紙の当業者の認識している右客観的基準に従って判断されなければならない。

二  争点1(二)(被告物件は本件特許発明の構成要件2を具備するか)

【原告の主張】

被告物件においても、葉書に貼付した隠蔽紙は、隠蔽層bと透明のインキ塗布層cとの間で剥離され、透明のインキ塗布層が残存するから、本件特許発明の構成要件2を具備することは明らかである。

1 本件特許発明の構成要件2の意味

(一) 本件特許発明の構成要件2の「透明の合成樹脂フイルムのみを被着物に残存するようにした」というのは、透明の合成樹脂フイルムを残存させることに言及したものに外ならない。透明の合成樹脂フイルムを残存させれば、粘着剤も残存することは自明のことであり、自明のことであるがゆえに、そのことを省略して記載したにすぎない。本件特許発明は、透明の合成樹脂フイルムを残存させることに最大の特徴を有するものであるから、透明の合成樹脂フイルム「のみ」を残存させるというように強調したにすぎないのである。本件特許発明の特徴を強調するあまり、論理的には若干矛盾が生じたようではあるが、実質的にみればその内容は極めて明瞭である。

特許請求の範囲において、「紙のみを剥離するようにした」と記載せずに、「透明の合成樹脂フイルムのみを被着物に残存するようにした」と記載したのは、まさに、紙と透明の合成樹脂フイルムが直接当接していない場合も考えていたからである。もし、本件特許発明の発明者が紙と透明の合成樹脂フイルムとは直接当接しているという前提で考えていたとすれば、紙のみを剥離するという表現でよかったはずである。それをあえて右のように記載したのは、本件特許発明の特徴点を正面に出すとともに、紙のみを剥離するという表現では、紙と透明の合成樹脂フイルムとの間に介在層が存在した場合には介在層が残ってしまうと考えたからに外ならない。

(二) 本件特許発明の特許請求の範囲は、被告らの主張するいわゆる機能的クレームには該当しない。

機能的クレームとは、構成が全く記載されておらず、機能のみが記載されたクレームをいう。例えば、本件特許発明の特許請求の範囲に即していえば、構成要件2及び3だけの記載であれば、機能的クレームといえるであろう。しかし、特許請求の範囲には、「種々の印刷を施した紙4と透明の合成樹脂フイルム2と感圧性粘着剤8及び剥離紙9を順に積層したこと」という構成要件1の記載により、積層体としての構成が明確に記載されている。そして、構成要件2において、この積層体が使用時にどのようにして剥離するかを、機能的表現を使用して記載し、発明の特徴を分かりやすく記載したものである。

2 本件特許発明における紙と透明の合成樹脂フイルムとの間の接着・剥離の原理と、被告物件における隠蔽層bと透明のインキ塗布層cとの間の接着・剥離の原理

(一) 本件特許発明における紙と透明の合成樹脂フイルムの間の接着・剥離の原理(甲第二五号証)及び被告物件における隠蔽層bと透明のインキ塗布層cの間の接着・剥離の原理(甲第二六、第二七号証)は、いずれも、物理的な結合によるアンカー効果による接着でも、原子の化学結合(共有結合)でもなく、ファンデルワールス力を主とする分子間引力により、剥離可能な疑似接着を実現するというものであって、同じである。

すなわち、昭和四四年一一月発行の「高分子加工工学」(甲第二三号証)に、「直接接触している二つの似ていない物質を親密に接触させると両者の共通の界面を通して互いに引力が働く。それらの力はこの物質が分離するのに、根強く抵抗するほどに十分な大きさになることがある。この現象は接着と呼ばれる。これは本質的には表面現象であって表面の性質と表面接触の親密度によって影響されるものである。」と記載されているように、本件特許発明でも被告物件でも、紙と透明の合成樹脂フイルム、隠蔽層bと透明のインキ塗布層cという二つの層が親密に接触することによって互いに引力が働き、これによって両者が接着しているのであり、そして、接着は、表面の性質と表面接触の親密度によって影響を受けるため、二つの層の表面性を種々変更すれば、両者を分離させる程度の不十分なものとすることができるので、本件特許発明においても被告物件においても、二つの層の接着を、両者を分離させるのに根強く抵抗しない程度の不十分なものにして、剥離を可能としているのである。

(二) 被告らが、本件特許発明における紙と透明の合成樹脂フイルムとの間の接着・剥離の原理と被告物件における隠蔽層bと透明のインキ塗布層cとの間の接着・剥離の原理とは異なるとして主張するところは、所望する接着力あるいは所望する剥離を得るための具体的なノウハウの一部を述べたものであって、接着・剥離の原理を述べたものではない。いうまでもなく、原理とは、「<1>根本の理法。原則。<2>多くの事実に共通する普遍的な法則。」(角川漢和中辞典)であるから、問題は、どのような法則によって接着及び剥離が生じるかということであり、前記のとおり、本件特許発明においても、被告物件においても、右二つの層の接着を、分子間引力による接着原理により実現し、また、二つの層の剥離を、両者の接着を分離させるのに根強く抵抗しない程度の不十分なものにすることによって実現しているのである。

(三) 被告らは、本件特許発明と被告物件における接着・剥離の原理は同じであるとする原告の主張は特許法七〇条を無視するものである旨主張するが、発明(技術的思想)は、当業者が再現し反復できる技術的手段であるとする被告らの主張こそ、技術的思想と技術的手段を同一視するものである。そして、被告らのいう技術的手段とは、本件特許発明にかかる表示紙の一製造例のことを意味していると解されるから、被告らの主張は、技術的思想に基づいて発明の保護を考えるのではなく、本件明細書中に一実施例として記載された技術的手段に基づいて発明の保護を考えなければならないとの主張に帰するのである。

被告らのいう特許法二九条一項柱書の産業上の利用可能性及び三六条四項の再現可能性・反復可能性は発明の特許要件であって、本件特許発明はこれらの要件を充足するものとして特許されているのであり、一方、特許法七〇条の「特許請求の範囲」は、特許要件として形式的に理解される「特許請求の範囲」ではなく、既に特許を受けている発明の技術的範囲を決定する基準となるもので、その内容も具体的に解釈されるべきである。

なお、被告ら指摘の公報3欄13行~38行には、表面の紙4と透明の合成樹脂フイルム2との接着・剥離の技術的手段として、紙「のみ」が剥離するようにするなどと限定した記載はない。

【被告らの主張】

1 本件特許発明の構成要件2の意味

(一) 本件特許発明は、前記の四層順次積層体からなり、その第四層の剥離紙を剥がし、被着物たる段ボール箱等に貼付するものであるから、<1>表面の紙、<2>透明の合成樹脂フイルム、<3>感圧性粘着剤の三層が段ボール箱に貼付される。したがって、右貼付後積層体を剥離したとき、構成要件2の文言どおり真中の「透明の合成樹脂フイルムのみを被着物に残存するようにする」ことは、技術的にも論理的にも不可能であろう。それゆえ、右技術的事項は、特許請求の範囲の記載自体からは到底理解できないから、発明の詳細な説明によってこれを定めるべきことになる。

発明の詳細な説明には、「その後、指先により紙をもって透明な合成樹脂フイルム2から分離すると紙4のみがフイルム2と分離して剥離し、フイルム2は感圧性粘着剤8と共に段ボールに残存した。以上の場合は、透明な合成樹脂フイルム2を段ボール面より剥離されることもなく、しかも紙4のみが完全にフイルム2より剥離された。」(公報3欄13行~19行)と記載されており、構成要件2の技術的事項は、第一層である表面の「紙4のみが剥離するようにした」ことに外ならない。

原告は、特許請求の範囲において、「紙のみを剥離するようにした」と記載せずに、「透明の合成樹脂フイルムのみを残存するようにした」と記載したのは紙と透明の合成樹脂フイルムが直接当接しない場合も考えていたからであると主張するが、前記のとおり、特許請求の範囲に四層順次積層体であることを特徴とすると明記され、また、本件特許発明そのものの説明として、紙4と透明の合成樹脂フイルム2とを直接接着すること及びこの構成による作用効果が示されており、かつ、これ以外の技術手段は全く示されていないのである。

(二) 右の本件特許発明の構成要件2の意味と構成要件1を総合すると、端的にいえば「紙を積層し紙のみを剥離する」ということになる。

しかし、「紙を積層し紙のみを剥離する」ということは、本件特許発明の表示紙に必要とされる課題ないし作用効果を記載したものにすぎず、いわゆる機能的クレームであって、右課題ないし作用効果を達成するための技術手段を示したものではない。右技術手段が特許請求の範囲に記載されてこそ、対世的な絶対権である特許権の効力範囲を明確にすることができるのである。特許明細書に記載された技術手段とはおよそ異なる技術手段を、その得られる「機能が同一であるゆえ禁止する」ことは法の予定していないところである。

したがって、本件特許発明の特許請求の範囲は、明細書に開示された技術手段に即して判断されるべきであり、技術的範囲としては、少なくとも「紙のみが剥離するよう合成樹脂フイルムをその溶融温度以下に加熱して、紙に同フイルムを圧着して積層する」ものに限定されると解釈すべきである。

原告は、構成要件2の記載が「機能的表現を使用」したものであることを自認しながら、特許請求の範囲のすべての要件が機能的表現の場合にしかいわゆる機能的クレームの解釈法理は適用されない旨主張するようであるが、ある一つの要件が機能的クレームであっても、当該要件について右法理が適用されるのである。

(三) 被告物件においては、これを葉書に貼付した後、本件特許発明のように表面のコート紙aのみが剥離するということはない。

2 本件特許発明における紙と透明の合成樹脂フイルムとの間の接着・剥離の原理と、被告物件における隠蔽層bと透明のインキ塗布層cとの間の接着・剥離の原理

(一) 本件特許発明に定められている紙と合成樹脂フイルムとは、全く異なる物質であるから、そこに接着力は生じない。右二つの層を接着しかつ剥離させるための技術的手段(原理)は、発明の詳細な説明及び図面によれば、次のとおり要約できる。

(1) ポリエチレン等の合成樹脂を押出機からフイルムとして押し出す。そして、その押出し温度を二五〇℃ないし三〇〇℃未満として、右フイルムを紙に対して圧着させ、完全接着ではなく一応弱く接着させる(公報3欄13行~4欄6行、第1図。すなわち、押出し温度と圧着力の調整による接着力の調整)。

(2) 但し、合成樹脂フイルムの厚さは一五~五〇μが最適であり、フイルムにしかつ右の厚さにすることによって強度を保持する。そして、一五μ未満であれば強度が弱く紙のみの剥離が不完全となり、五〇μ以上であれば不経済である(公報4欄25行~28行)。

(二) 被告物件における隠蔽層b、塗布層cは、葉書用隠蔽紙に要請される次の(1)のような課題を解決するため葉書用隠蔽紙に固有のものであり、次の(2)のような接着・剥離の技術手段(原理)を採用しているが、これは、右(一)の本件特許発明における紙と透明の合成樹脂フイルムの接着・剥離の手段(原理)とは全く異なる。

(1) 従前、社会保険庁から年金受給者に対する年金額の通知は、年金額等を表面に記載したまま(すなわち隠蔽しないまま)の葉書によってなされていたので、年金額を他人に読まれることを嫌う受給者から通信の秘密が守られていないとの苦情が社会保険庁に寄せられていたが、社会保険庁としては、郵便料金、手間、嵩の点で封書を避けたいところであった。

そして、本件特許発明の出願(昭和五一年一一月五日)後の昭和五五年の郵便規則の改正で葉書表面に他の紙等を貼布することが法律上可能になったことにより初めて、葉書用隠蔽紙という発想が生じた。ここに葉書用隠蔽紙という産業上の利用分野が生まれたのであり、本件特許発明の出願時にはそもそも考えられていなかった。

したがって、この葉書用隠蔽紙にあっては、次のような目的及び課題が生じる。

<1> 葉書に表示されている年金等の情報は、まず隠蔽するが、それだけでなく、本人が初めて開披することにより、本人以外は誰も見ていないということを伝え、通信の秘密を守るという受給者の前記要請に応える。

<2>ア 葉書は薄いので、光を当て透かして見ても金額等が読まれないよう隠蔽するためには、黒色あるいは褐色の顔料等により、光の遮断層を設ける必要がある。

イ 右遮断層が表面にあれば、見苦しく不吉でもあるから、表面には設けられない。

ウ 葉書は曲げられ折られるから、葉書用隠蔽紙は、可撓性を有し、かつ破れないよう強度が必要である。

エ 雨に濡れることがよくあるから、水がしみても大事な情報の印刷がにじまないように水の浸透を遮断する必要がある。

オ 隠蔽紙の表面が白紙であれば違和感を与えるし、一方、何の葉書か考えない人もいるおそれがあるから、内側に大事な年金額等が記載されていることを知らせるため、例えば「開封してください」との注意書も付記する必要がある。

右<2>の要請から、表面に紙を使用し、その下部に顔料などにより黒色にして光を遮断し、さらにポリエチレン等の合成樹脂フイルムにより可撓性と強度を与え、また、水を遮断するための層を重ねることとし、被告物件の構成を採用した。

すなわち、受給者が隠蔽紙を剥離したとき、葉書表面に隠蔽層が残ってしまっては元も子もないので、右隠蔽層の下面で剥離させる必要があるが、隠蔽層を直接葉書表面に重ねれば、剥離するとき文字が消えてしまうおそれがあるので、他の層を介在させる必要があるから、塗布層cを介在させ、隠蔽層bと塗布層cとの境界面で剥離させることとした。また、仮に誰かが葉書に印刷された情報を見たとしたら、その誰かが見たということを本人に知らせるために、一度剥離したら隠蔽層bが塗布層cに接着しないようにしてある(見てしまった人は、次回からは見ることをやめ、二次的とはいえ「通信の秘密」を確保できる。)。

(2) 被告物件は、葉書用隠蔽紙の隠蔽層bと塗布層cに要請される右(1)の課題を解決するため、次の<1>及び<2>の接着・剥離の技術手段(原理)を採用している。

<1> 隠蔽層bの樹脂に対する塗布層cの主剤及び助剤の選択による接着・剥離の調整=異種樹脂の組合せによる接着・剥離の調整

隠蔽層bは、黒色ないし褐色の顔料を含む(イ号-B物件)又は黒インキ塗布層に重ねた(ロ号-B物件)熱溶融された液状のポリエチレン樹脂を塗布して冷却したフイルムとなっている。右隠蔽層bに対して、仮に同一物質であるポリエチレン樹脂を主剤とする液状物を塗布し乾燥して塗布層cとすれば、接着力が強くなりすぎる。

そこで、隠蔽層bと塗布層cとの間の境界面における接着力を、郵送中に剥がれず、かつ受取人が剥がしたとき右境界面で剥離するよう接着・剥離を調整するため、右塗布層cの主剤としてポリエチレンに対して親和力(接着力)の極めて小さい樹脂(イ号-B物件ではアクリル樹脂、ロ号-B物件では塩化ビニル-酢酸ビニル共重合体樹脂)を選択することにより剥離可能とするとともに、小量の助剤を添加して局所的に点在させることにより接着可能としている。

<2> 塗布層cに添加剤を加え脆質とした剥離性の確保=脆質塗布層による剥離性の確保

葉書用隠蔽紙は多層からなり、しかも全厚でもたかだか約〇・二ミリという薄いものであるから、受取人自身の技量で右隠蔽層bと塗布層cの境界面で剥がすように剥離することはそもそも不可能である。そのため、塗布層cを仮にフイルムにしてそれ自体可撓性ないし靱性で強度の大きいものにした場合、隠蔽紙全体を剥がそうとしてこのフイルムの塗布層cに剥離力が加えられると、粘着剤層を介して塗布層と強く接着している比較的強度の弱い葉書用紙の表面部に剥離が生じ、表面部に沿って剥離が進行してしまうので、肝心な葉書表面の税額等の情報が消されてしまうことになる(現に、前記一【被告らの主張】2(二)(2)のとおり、平成六年一月にそのような事故が発生した。)。

そこで、被告物件では、塗布層cに前記助剤に加えて透明性は多少犠牲にしても添加剤(無機物質)を入れて脆質なもの(多数の微粒子が、それぞれ脆く、弱い状態で結合し、全体として薄い層を形成している。)とするとともに、その厚さを、イ号-B物件では一〇μm、ロ号-B物件では五μmというように極薄にすることにより、隠蔽層bと塗布層cの境界面での剥離を確保している。

すなわち、剥離力が塗布層cの端面に加えられたとき、仮に当初剥離が塗布層あるいは葉書表面部に沿う方向で生じたとしても、塗布層cが脆く弱いので、直ちに脆い塗布層の下から上への厚さ方向に亀裂が生じ、塗布層が厚さ方向に破断し、その後は、接着力の弱い隠蔽層bと塗布層cの境界面に沿って剥離が進行し、他方の端部に至る。

(三) 原告は、本件特許発明における紙と透明の合成樹脂フイルムとの接着・剥離の原理と被告物件における隠蔽層bと塗布層cとの接着・剥離の原理は同じであるとか、被告らが本件特許発明及び被告物件における右各層の接着・剥離の原理は異なるとして主張するところは、接着・剥離の原理を述べたものではないなどと主張するが、特許法七〇条を無視するものである。

発明は、技術的思想という意味では抽象的であるが、特許発明となりうるためには、産業上の利用可能性がそもそもの前提となっており(特許法二九条一項柱書)、当業者が実施できる、すなわち再現し反復できる(三六条四項)技術手段のことをいうから、原告のいうアンカー効果、分子間引力あるいは共有結合等の原理が仮に特許明細書に記載されていたとしても、右の原理等を具体的にどのような技術手段で実現し、当業者が再現できるかということが記載されていなければならない。

ところが、本件明細書には原告の主張する接着の原理自体がそもそも記載されていない。ただ、表面の紙4と透明の合成樹脂フイルム2との接着・剥離の技術手段として、「紙4のみが剥離するよう合成樹脂フイルムをその溶融温度以下に加熱して、紙4に同フイルムを圧着して積層する」ことが記載されているだけである(公報3欄13行~38行)。

被告は、被告物件と本件特許発明における前記各層の接着・剥離の原理が同一であることは否認するが、仮に同一であるとしても、これを実現するために利用される特許請求の範囲によって定まる技術手段を異にする被告物件は、もとより本件特許発明の技術的範囲に属しない。

三  争点1(三)(被告物件は本件特許発明の構成要件3を具備するか)

【原告の主張】

1 本件特許発明の構成要件3「荷札、ラベル等の表示紙」の意味

(一) 本件特許発明における「表示紙」の用語は、日本語として常用されている言葉でも、いわゆる特許慣用語でもなく、用語そのものの字義からその概念を確定することが困難であることは否定できないが、本件特許発明は、出願審査の手続で拒絶理由通知さえも発せられず、本件特許権に関する無効審判請求についても審判請求日(平成五年一二月一三日)から一年も経過しない平成六年一一月一七日に右無効審判請求は成り立たないとする本件審決がなされているように、近似した公知技術の全く存在しない、際だった新規性及び進歩性を有するパイオニア発明であり、新規物品に関するものであったため、これを表現するについて従来の日本語には適当なものがなかったので、発明者等が表面に存在する「種々の印刷を施した紙」が何らかを表示するものであるというその一機能に着目して「表示紙」と命名したものである。

その「表示紙」の具体的内容は、「種々の印刷を施した紙」、「透明の合成樹脂フイルム」、「感圧性粘着剤」、「剥離紙」が順に積層された構成になっており、「剥離紙」を剥離して被着物に貼付した後、表示部である「種々の印刷を施した紙」を剥離すると、「透明の合成樹脂フイルム」以下の層が残存し、被着物表面の印刷が見えるようになるものを総称したものなのである。

(二) 特許請求の範囲中の「荷札、ラベル等の表示紙」における「等」という表現は、被告らの主張するように特許請求の範囲に含まれる技術的事項を不明確とするものではない。単に「表示紙」と表現したのでは、その概念が大きいため、その概念に包含されている小概念を二つ挙げて分かりやすくしたものにすぎない。

また、「荷札、ラベル等の表示紙」を、内容物の有する情報をそのまま表面に開示する表示紙に限定する被告らの解釈は不当である。

2 本件特許発明の構成要件3と被告物件の対比

(一) 被告物件を表示紙というか、隠蔽紙というかは、単に名称をどのように付与するかという表現形式上の相違にすぎない。すなわち、被告物件の文字印刷等が施されている紙を、表示機能の面からみれば表示紙という言い方ができ、隠蔽機能の面からみれば隠蔽紙という言い方ができるというだけのことである。

本件明細書には、被着物に表示された事項の隠蔽という作用効果は、直接かつ積極的には記載されていないが、3欄1行~6行には、表示紙を被着物に貼付した場合には、被着物上の印刷が消されるが、本件特許発明に係る表示紙では、その紙部分を剥離すると被着物上の印刷が現れることが記載されているのであって、本件特許発明において被着物上の印刷が隠蔽されることについても、間接的に言及されているのである。換言すれば、本件特許発明は、疑似接着によらない場合の隠蔽作用を欠点とし、被着物の印刷を不特定多数の者に見せようとする方向から記載されているが、客観的にみれば、隠蔽作用と被着物の印刷を見せることを兼ね備えた技術であるということができる。

しかも、被告のいう隠蔽は、永久隠蔽という意味ではなく、プライバシー等の関係で、特定人に宛てられた被着物に印刷された情報を当該特定人に見させてこれを伝達することが目的であり、表示紙を被着物に貼付しても剥離後「被着物の表面の印刷が消されることがない」という本件特許発明の作用効果のいわば盾の両面の一面からみた機能をいうにすぎないものである。

被告物件は、前記1(一)の「表示紙」の機能及び具体的内容を備えたものであって、「表示紙」という表現の射程内のものであり、本件特許発明の構成要件3にいう「表示紙」に該当する。

本件特許発明は、表示紙の有する隠蔽作用を当然の前提として、被着物の印刷等をいったんは隠蔽しても(見えなくしても)、その後表示紙を剥離すれば不特定多数の人が見ることができるという技術的思想に基づくものである。被告物件は、不特定多数人を予想せずたまたま特定人に見せることを予定して特定の層を設けて隠蔽作用を発揮させるというものであって、同一の技術的思想に基づくものである。

なお、隠蔽機能を有する積層体に「積層表示体」という表現がされた例として、実用新案出願公告昭五九-三五三八九号に係る「積層表示体」(甲第三七号証)がある。

(二) 昭和五五年の郵便規則改正は、単に宛名書きにラベルの貼付によるものを認めるというだけのものであり、広く葉書全面に密着する態様の使用方法が認められるようになったのは、昭和六三年の郵便規則の改正によってである。原告は、以下の経緯のとおり、右規則改正に先立ち、郵政当局と折衝を重ねて、本件特許発明の実施品である「しんてんシール」を製造販売するまでになっていたのであり、右規則改正の翌年である平成元年に社会保険庁の年金通知書にラベルが採用されたのである。

すなわち、本件特許発明は、最初、荷札に実施され、本件明細書記載のとおり、住所・名前等が記載された荷札の紙部分を取り去ると、段ボール等の表面に印刷された商標・説明書き等が美麗に表れ、段ボールに記載されている内容が分からなくなるのを防止できるという効果を奏した。

また、本件特許発明は、表面の紙に販促用(販売促進用)であることが記載され、その表面の紙部分を取り去ると、商品の包装等に記載された、景品が当たったことを示す一等、二等などの文字が表れるという販促ラベルとして実施された(検甲第五号証の1・2)。

また、本件特許発明は、商品に記載された上代価格の上に卸売価格を表示する紙(プライスラベル)を被着し、この紙を取り去ると上代価格が表れるというプライスラベルとして実施された(検甲第六号証の1・2)。

その後、現在の葉書の用途について本件特許発明の適用が検討され、そうこうしているうちに、郵便規則が改正され、本件特許発明は爆発的な商業的成功を収めたのである。

したがって、葉書用隠蔽紙は、被告ら主張のように本件特許発明の出願後に新しく誕生した技術分野というわけではない。本件特許発明の出願当時には、葉書用隠蔽紙の使用が郵便規則によって規制されていたため、商品として製造販売することができなかっただけのことである。表面に印刷表示された紙を剥離して透明フイルムのみを残存させ、下の文字や模様が消されないようにするという技術分野は、むしろ本件特許発明によって開発された技術分野であるということができる。

(三) 被告エイブリイ・トツパンは、昭和六三年頃、葉書用隠蔽紙(商品名「しんてんシール」)について制作、頒布したパンフレットにおいて、そこに掲載した商品に本件特許発明の登録番号を表示しており(甲第三〇号証の1・2。現物は検甲第七号証)、現実の営業活動において葉書用隠蔽紙を表示紙と認識していたのである。

被告らは、右登録番号の表示は原告担当者の要求従って付したものである旨主張するが、被告エイブリイ・トツパンは、戦略的にも販売しやすいとして自発的に付したものであって、原告が登録番号の表示を要求することなどありえない。現に、原告の他のユーザーの隠蔽紙には、右登録番号の表示が付されていない。

なお、原告は新聞に「謹告」文(乙第一九号証)を掲載したことはあるが、被告らの顧客に個別に通知したことはない。

【被告らの主張】

1 本件特許発明の構成要件3「荷札、ラベル等の表示紙」の意味

(一) 特許請求の範囲中に「荷札、ラベル等の表示紙」というように記載して発明を定めることは、「等」という表現により、特許請求の範囲に含まれる技術的事項を不明確とし、元来許容されないから、右「等」の記載を無視し、「荷札、ラベルの表示紙」として解すべきである。仮に「等」の記載を考慮に入れるとしても、「荷札、ラベル及びこれらと同一性を有する表示紙」に限定して解するのが客観的かつ合理的である。

そして、「荷札」とは、これを付した段ボール箱の内容物及び発信人、受取人等、内容物の有する情報を人が読み取れるように、当該情報を「荷札」の表面に示して表示するものである。「ラベル」も、これを付した缶、瓶などの内容物(商品)が何かという、内容物の有する情報を「ラベル」の表面に示して表示するものである。

したがって、「荷札、ラベル等の表示紙」は、これが付される箱、缶あるいは瓶などの内容物の有する情報をそのまま表面に開示するための表示紙であり、輸送ないし表示中における「秘密」などはそもそも考えられていないし、むしろこれと矛盾することが明らかである。右表示紙は、出願時存在していた既存のものに限られる。

2 本件特許発明の構成要件3と被告物件の対比

(一) 被告物件は、いずれも葉書用隠蔽紙に採用されるものであり、付される内容物は葉書であり、この「内容物の有する情報」は、発信人、受取人、年金支払開始日、年金の種類、金額等である。これら「内容物の有する情報」は、一切葉書用隠蔽紙の表面に示されることはないから、このことからして、既に被告物件の葉書用隠蔽紙は、本件特許発明の「荷札、ラベル等の表示紙」に該当しない。

また、葉書用隠蔽紙のそもそもの目的は、右「内容物の有する情報」のうち、年金支払開始日、年金の種類、金額等個人のプライバシーに関する情報を隠蔽することと、通信の秘密を守ることであって、この技術的思想は本件特許発明の「荷札、ラベル等の表示紙」における、「開示する」との技術的思想とはおよそ異なる。

なお、葉書用隠蔽紙の表面には、「大切なお知らせです」、「ここから開けてください」との注意書が記載されているが、これは、内容物の有する情報ではなく、この貼ってある紙は隠蔽紙(封)であるので開けるように伝えているだけである。

原告は、本件明細書には隠蔽という作用効果は直接かつ積極的には記載されていないとしながら、被着物上の印刷が隠蔽されることについても間接的に言及されていると主張するが、本件明細書の記載内容は、従来技術の荷札等は、剥離後残存する紙によって印刷効果がなくなる(隠れる)という欠点があったので、本件特許発明はこれをなくす(透明にする)ことにしたというものであるから、被着物上の印刷を隠蔽するという技術思想は間接的にしろ記載されていない。

(二) 特許発明の技術的範囲は、明細書に開示された技術的事項を超え、かつその出願後に生じた新たな技術分野における固有の課題を解決した新規な技術的事項をそもそも含み得ない。

被告物件の葉書用隠蔽紙は、前記のとおり本件特許発明の出願後に新しく生まれた利用分野のものであり、本件明細書に開示された技術的事項を超え、かつ本件特許発明の「荷札、ラベル等の表示紙」にはない固有の技術的課題を解決して生まれたものであるから、そもそも本件特許発明の技術的範囲を画する「荷札、ラベル等の表示紙」に該当する余地はない。

本件特許発明の出願前から、荷札、ラベル等の表示紙が存在しており、また、具体化されなかったものの、通信文(機密文書)を切手又は切手代用紙で(乙第一二号証)あるいは額面の記載を不透明物質で(乙第一三号証)覆う等の考えもあったが、本件特許発明の出願後前記郵便規則の改正(昭和五五年)により、新たに葉書用隠蔽紙が具体化され、具体的な商品化に当り具体的な課題が定まり、これを解決する技術手段が開発されたものである。そして、原告及び被告らの当業者により、葉書用隠蔽紙についての多数の発明、考案がされており(乙第一四号証)、これら葉書用隠蔽紙は本件特許発明の表示紙とは異なるものとして定着している。

原告は、表面に印刷表示された紙を剥離して透明フイルムのみを残存させ、下の文字や模様が消されないようにするという技術分野は、むしろ本件特許発明によって開発された技術分野である旨主張するが、後記四【被告らの主張】1(一)のとおり、そのような技術は既に公知文献(乙第二号証の1・2)に示されていたところである。

(三) 被告エイブリイ・トツパンがその販売にかかる「しんてんシール」に本件特許発明の登録番号を表示したことについての原告の主張は、以下の理由により信義に反するものである。

当時原反は原告の他一社のみが製造しており、また、得意先から原告の原反を使用するように指定されたこともあって、被告エイブリイ・トツパンは、昭和六三年頃から平成二年四月頃までの間、原告から原反を購入し、表面の印刷を行って葉書用隠蔽紙として販売していた(これは本訴の対象物件ではない。)。一方、原告は、昭和六三年九月、新聞に「謹告」文を掲載し(乙第一九号証)、原告以外の葉書用隠蔽紙は本件特許権を侵害するおそれがあること、原告の信用保持のため法律上の必要な措置を採ることを被告らの顧客に通知していた。この業界は極めて狭いため、右「謹告」文により、原告の了解しない他の葉書用隠蔽紙は本件特許権を侵害するものとして排除されるのではないかとの危機感を生じていた(右原告の通知行為は、不正競争防止法二条一項一一号の営業誹謗行為に当たるか、少なくとも不当な行為である。)。

このような状況下で、原告は、本件特許権を積極的に利用して営業活動を行い、被告エイブリイ・トツパンに対しても、担当者が原告の原反を使用する限りその隠蔽紙の表面に本件特許権の登録番号を表示するように要求したので、被告エイブリイ・トツパンはこれに従ってきたものである。

四  争点2(本件特許発明の特許には無効事由があるか)

【被告らの主張】

本件特許発明の特許には以下のとおり明白な無効事由があるから、本件特許発明の技術的範囲は本件明細書記載の実施例に限定され、その結果、被告物件は本件特許発明の技術的範囲に属しない。あるいは、本件特許権に基づく請求は権利の濫用として許されない。

1 公知技術

(一) 本件特許発明の出願日前の公知技術として、実用新案出願公開昭五〇-一二〇六二号(実願昭四八-六六三二三号)に係る明細書及び図面(乙第二号証の1・2)記載の「接着シート」の考案があり、これは次の構成からなるものである。

(1) 荷物の配送用のラベル(荷札)である。

「本考案はラベルまたはフスマ等の装飾用等に使用される接着シートに関するものである。従来、上記の如くの用途に使用されている接着シートは、紙等の基体に接着剤を塗布したものであり、表面強度の弱い段ボール、紙等の被着体に貼着して使用することが多い。しかしながらラベルとしては不要時における引き剥がし、または荷物転送時におけるラベルの貼り替えに際し、被着体表面を損傷することが多くトラブルが絶えなかった。」(1頁10行~19行)、「本考案は上記の欠点を解決するものである。」(2頁3行)。

(2) ラベル紙(上側シート)1に各種のプラスチックフイルム(下側シート)3を接着剤2により積層する。

プラスチックフイルムは、セロハンテープ、台所のラップなどのように、透明なものが日常的なものである。したがって、右の「各種のプラスチックフイルム」は、本件特許発明にいう「透明の合成樹脂フイルム」がその代表例である。

「(3)は接着剤層(2)より剥離可能な下側シートであって、紙、各種のプラスチックフイルム、金属箔等が使用せられる」(2頁16行~18行)。

(3) 次に、右プラスチックフイルムに感圧性接着剤4を積層する。

(4) 右感圧性接着剤4に剥離紙(剥離性の保護シート)5を積層する。

(5) 右(1)ないし(4)のように、ラベル紙1、プラスチックフイルム3、感圧性接着剤4、剥離紙5を順に積層したものである。

(6) 荷物転送時におけるラベルの貼替えの際、ラベル紙1を剥がすと、プラスチックフイルム3の表面で剥離し、プラスチックフイルム3が被着物(荷物)に残存する。

「本考案は上記の如くの構成としたので、不要時には接着剤層(2)と下側シート(3)の境界より簡単に剥離でき、また荷物転送時におけるラベルの貼り替えに際しては、上側シートを下側シートより剥離し、被着体上に残った下側シートをそのまま使用するか、またはその上に新しいラベルを貼着すればよいので段ボール等の被着体表面を損傷することは全くない。」(3頁3行~10行)

(7) 右(1)ないし(6)の構成を有する荷札、ラベルの表示紙である。

(二) 原告は、右の「各種のプラスチックフイルム3」は透明なものではない旨主張するが、プラスチックフイルムはそもそも透明であることを特色とするものであるから(乙第四号証〔平成三年三月発行の「工業用プラスチックフイルム」〕二二九頁)、右のプラスチックフイルムからは透明なものが排除されており、不透明なものに限定されているとは到底考えられない。右明細書には、段ボール箱の表面等の被着物上に残存した下側シートであるプラスチックフイルム3をそのまま使用すること、あるいはその上に新しいラベルを貼着することが記載されており、これらの点からすれば、残存する下側シートにより違和感を与えないために、透明なものを採用することがむしろ要請されるのである。原告主張のゴミ袋は、内容物を他人に見られないようにするという特別の目的のために、顔料等を混入してあえて不透明にしているのであり、右の下側シートをあえて不透明にする理由は全くない。

(三) また、特許出願公告昭五〇-三七二一九号(特願昭四五-九一七五号)特許公報(乙第三号証)には、上側強靭テープ1、不完全性接着剤2を介した内テープ4、接着剤5からなり、商品配送用の段ボール箱の表面の開口部に貼着するものであるシールテープの発明が示されている。そして、このシールテープを段ボールの表面に貼着した後、上側強靭テープ1を剥離し、内側テープ4を残存させるものであるところ、内側テープ4はアセテートシートという材質自体最も透明なものであり(乙第四号証二三〇頁)、また残存する内側テープ4の痕跡がなくきれいである、すなわち透明であると明記されている(2欄20行~37行)。

このことからも分かるように、本件特許発明の出願当時、荷札等の接着シートあるいは表示紙において、上側シートを剥離し、段ボール箱表面に透明なプラスチックフイルムを残存させることは公知かつ自明のことである。

(四) ところで、「透明」には一〇〇パーセント光を通す透明さから、七〇、六〇、五〇パーセント等の光を通す透明さもあり、また逆に光を完全に遮断する不透明もあり、透明か否かということは一義的に判断できないものであるから、本件特許発明にいう「透明」は、本件明細書の記載により判断されるべきである。

本件明細書には、透明の合成樹脂フイルムとして、高圧ポリエチレン、ポリプロピレン、中圧ポリエチレン等の合成樹脂から選ばれた一種又は数種を選び、これを溶融して紙4に積層し、冷却固化することが明示されている(公報3欄13行~18行)から、例示された右三つの合成樹脂フイルムと同等以上の光の透過性を有するプラスチックフイルムは、本件特許発明にいう「透明の合成樹脂フイルム2」に該当することになる。

一方、乙第四号証は、工業用プラスチックフイルムの光学的性質を示したものであり、透明性に優れたプラスチックフイルムと透明性の劣るプラスチックフイルムとに分類しているところ、右の高圧ポリエチレン、キャストポリプロピレン、中圧ポリエチレンはいずれも「透明性の劣る」プラスチックフイルムとして分類している。

したがって、本件特許発明の「透明」の基準からすれば、乙第四号証に示された「透明さの劣る」プラスチックを含み、ほとんどすべてのプラスチックフイルムが「透明の合成樹脂フイルム2」に該当するのである。

2 公知技術と本件特許発明の対比

(一) 前記乙第二号証の1・2記載の公知技術の(1)ないし(7)の構成は、順に本件特許発明の構成要件と一致する。

(二) 強いて本件明細書に開示された事項のうち新規性のあるところを探すとすれば、従来の合成樹脂をラミネートする方法において、「合成樹脂を溶融温度以下で加熱し、紙に圧着する」としたことだけである。

しかし、この点についても、公知技術として、昭和五一年二月二三日実用新案出願公開昭五一-二四四〇二号(実願昭四九-九五一七〇号)に係る明細書及び図面(乙第一〇号証)には、支持体1としての紙に皮膜層2として合成樹脂層を直接積層し、更に感圧タイプ接着剤層3を設けた三層の皮膜転写用接着テープが示され、これを被着物に貼着し、表面の紙1のみを剥離することが示されている。表面の紙1に合成樹脂皮膜層2を積層する方法は文言上明記はされていないが、通常のラミネート法を採用し、剥離させるため完全接着しないよう圧着時の温度・圧力を調整することは自明である。

したがって、結局、本件明細書中の前記事項も、右乙第一〇号証の公知技術からみて自明のことである。

(三) よって、本件特許発明の特許には明白な無効事由があるというべきである(前記のとおり、被告モダン・プラスチツクは、本件審決の取消訴訟を提起している。)。

3 本件明細書記載の実施例と被告物件の対比

本件明細書には、本件特許発明の実施例について次のとおり記載されている(公報4欄39行~5欄19行)。

「高圧ポリエチレンを三二〇℃で溶融したものを押出機のTダイ3より押出し、これを予め巻き取られたものから送られた紙4とクーリング・ロール5とプレッシャー・ロール6との押圧ロールでのラミネーション時の温度を二九〇℃として紙4と透明な合成樹脂フイルム2とをラミネートし、その後冷却器7において冷却した。ついで、紙4と透明な合成樹脂フイルム2を積層したもののフイルム2側に感圧性粘着剤を塗布し、その後ロールにより剥離紙を積層し、その後紙4の表面に荷札の様式印刷を行って本発明を仕上げた。…(中略)…以上の場合は、透明な合成樹脂フイルム2を段ボール面より剥離されることもなく、しかも紙4のみが完全にフイルム2より剥離された。」

被告物件は、右実施例とは接着・剥離の原理を異にし、残存する合成樹脂フイルムも、紙のみが剥離するということも一切なく、また、右実施例にはない隠蔽層bを有しているから、本件特許発明の技術的範囲に属しない。

【原告の主張】

1 特許を無効とすることは特許庁の審判によってのみ可能であり、特許庁が本件特許発明について特許要件を充足するものとして権利を付与しているのであるから、特許庁の審判によって特許が無効とされない限り、何人といえどもこれを否定することは許されない(なお、前記のとおり、被告モダン・プラスチツクのした無効審判請求につき、本件審決は、成り立たないとした。)。

2(一) 被告ら引用の実用新案出願公開昭五〇-一二〇六二号に係る明細書及び図面(乙第二号証の1・2)には、被着物の印刷が消されないようにするという本件特許発明の目的、及び「透明の合成樹脂フイルムのみを被着物に残存するようにした」という構成要件について、何らの言及も示唆もない。本件特許発明は、被着物の印刷が消されないようにするために、「透明の合成樹脂フイルム」を表示紙を構成する層の一つとして採用し、かつ、この「透明の合成樹脂フイルムのみを被着物に残存するようにした」ことを最大の特徴とするものであるから、このような点について何らの言及も示唆もない右明細書及び図面記載の技術思想と同一ではなく、また、これに基づいて当業者が容易に推考できたものでもない。

(二) 被告らは、右明細書中の、下側シートとして「紙、各種のプラスチックフイルム、金属箔等が使用せられる」との記載を捉えて、プラスチックフイルムは透明なものが日常的なものであるから、本件特許発明にいう「透明の合成樹脂フイルム」を使用することが示されている旨主張する。しかし、右明細書では、プラスチックフイルムは、紙や金属箔という不透明なものと並列に記載されているから、このプラスチックフイルムは、当業者に不透明なものであると認識されるのが自然であるばかりでなく、下側シートは模様や色彩等が施されたり、あるいは無地である旨記載されており(3頁11行~14行)、透明なものは排除されていることが明らかである。

また、ごみ袋を形成しているプラスチックフイルムは不透明なものが一般的であり、粘着テープも不透明なものが多数存在するのであって、プラスチックは透明なものが日常的なものであるとはいえない。

被告らの引用する乙第四号証二二九頁は、光学材料として使用されるプラスチックフイルムを念頭において記載されているため、プラスチックフイルムはほとんど透明であるという記述になっているのであり、一般的にプラスチックフイルムは透明であるということはない。このことは、「各種ポリマの透明材料の光学的性質」を示す表(表5・27)によれば、それらは光透過率が八五パーセント以上であって、極めて透明性に優れているのに対し、「主なプラスチックフイルムの紫外部可視部透過率(%)」を示す表(表5・28)には、光透過率が〇パーセントのものから八〇パーセント程度のものまで、すなわち全く不透明なものからある程度の透明性を持つものまで種々のものが示されていることから明らかである。

なお、乙第四号証は、本件特許発明の出願後の文献であるから、その証拠価値が十分吟味されなければならない。

(三) 被告ら引用の特許出願公告昭五〇-三七二一九号特許公報(乙第三号証)にも、表示紙において、透明の合成樹脂フイルムのみを被着物に残存させるようにして、被着物の印刷が消されないようにするという、本件特許発明の技術的思想については、何の記載も示唆もない。

しかも、被告らは、右公知技術において内側テープとして使用されているアセテートシートはその材質自体最も透明なものである旨主張するが、その根拠として挙げる乙第四号証の二三〇頁には、「セルロースアセテート」が透明性に優れていると記載されているだけであって、「アセテート」が透明性に優れているなどという記載はない。「セルロースアセテート」は、セルロースをアセテート化したものであるが、そこにいう「アセテート」はどのようなものをアセテート化するかによって透明性は変化するところ、右公知技術のアセテートは何をアセテート化したものか不明であるから、右記載を根拠にアセテートシートは透明性に優れているということはできない。

五  争点3(被告らが損害賠償責任を負う場合、原告に賠償すべき損害の額)

【原告の主張】

1 イ号-B物件の一般ユーザー向け販売による損害

(一) 被告モダン・プラスチツク関係

(1) 一般ユーザー向けイ号-B物件使用実績は、別紙計算表1「一般ユーザー向けイ号-B物件使用実績表及び損害金計算表Ⅰ(モダン・プラスチツク×エイブリイ・トツパン分)」及び別紙計算表2「一般ユーザー向けイ号-B物件使用実績表及び損害金計算表Ⅱ(モダン・プラスチツク直販分)」記載のとおりである。

原告の平成三年度、四年度の一般ユーザー向けイ号-B物件と同様の商品(本件特許発明の実施品)の純利益率は、二三パーセントを下回ることはなく、イ号-B物件の一枚当たりの推定販売価格(四円五〇銭)・推定販売量からして、四〇一五万八〇〇〇円(四円五〇銭×〔二九六四万枚+九一六万枚〕×二三%)が原告の被った損害である。

(2) 仮に右(1)の主張が認められないとしても、原告の一般ユーザー向けイ号-B物件と同様の商品(本件特許発明の実施品)の利益率は少なくとも二三パーセントを下らないものであり、原告より大規模で営業する被告モダン・プラスチツクの一般ユーザー向けイ号-B物件の諸経費の売上高に占める割合は、大量仕入大量生産により、小規模に営む原告のイ号-B物件と同様の商品の諸経費の売上高に占める割合より小さくなっても大きくなることはないから、被告モダン・プラスチツクの一般ユーザー向けイ号-B物件の納品販売額に対する利益率は、少なくとも原告の右利益率二三パーセントを下回るものではない(前記各表に「二八%」とあるのは、いずれも「二三%」と訂正する。)。

そうすると、被告モダン・プラスチツクが一般ユーザーにイ号-B物件を販売したことにより得た利益の額は、四〇一五万八〇〇〇円を下らない。

原告は、特許法一〇二条一項の規定により、被告モダン・プラスチツクの右行為によって同額の損害を被ったものと推定される。

(二) 被告エイブリイ・トツパン関係

被告エイブリイ・トツパンは、被告モダン・プラスチツクが一般ユーザー向けに製造したイ号-B物件のうち、別紙計算表1記載の分について、これを被告モダン・プラスチツクから購入して一般ユーザーに販売したものであるが、右行為は、故意又は過失(特許法一〇三条により推定される。)により、被告モダン・プラスチツクと共同して本件特許権を侵害したものであるから、右(一)の損害のうち同表記載分の三〇六七万七四〇〇円(四円五〇銭×二九六四万枚×二三%)については被告モダン・プラスチツクと連帯して賠償する責任を負う。

2 ロ号-B物件の社会保険庁向け販売による損害(被告モダン・プラスチツク関係)

(一) 被告モダン・プラスチツクは、社会保険庁向けの入札において、ロ号-B号物件を、平成五年四月頃に厚生年金保険分五七三万枚、国民年金分七四七万枚、同年一〇月頃に厚生年金保険分二〇三四万枚、国民年金分二五四一万六〇〇〇枚、国民厚年分二三八五万枚、同年一二月頃に厚生年金分五七〇万枚同庁に納品販売した。

右販売(入札)単価、販売(入札)額は、別紙計算表3「社会保険庁向けロ号-B物件使用実績表及び損害金計算表Ⅰ」及び別紙計算表4「社会保険庁向けロ号-B物件使用実績表及び損害金計算表Ⅱ(モダン・プラスチツク分)」記載のとおりである。

本件特許権の侵害品であるロ号-B物件は、本来販売することができないのであり、少なくとも平成五年一〇月の国民厚年分二三八五万枚及び同年一二月の厚生年金分五七〇万枚については、被告モダン・プラスチツクの入札指名業者大成紙工株式会社、三光産業株式会社による落札がなかったならば、入札で第二位であった福島印刷(入札指名業者で、原告製品を専属に取り扱う業者)が落札し、原告製品を社会保険庁に納品販売していたはずである。

原告の平成五年度における社会保険庁向け納品販売に係る製品の純利益率は、原反加工完了段階で二八パーセント、入札参加単価(すなわち納入価格)を基準にすると二〇パーセントであり、少なくとも一五パーセントを下らないことが明らかであるから、右平成五年一〇月の国民厚年分二三八五万枚については、右福島印刷の販売(入札)額七九八八万七〇〇〇円の一五パーセントに相当する一一九八万三〇五〇円が、同年一二月の厚生年金分五七〇万枚については、右福島印刷の販売(入札)額一九三八万円の一五パーセントに相当する二九〇万七〇〇〇円が、原告の被った損害となる(合計一四八九万〇〇五〇円)。

(二) 仮に、右(一)の主張が認められないとしても、被告モダン・プラスチツクのロ号-B物件の販売による利益率は、少なくとも一五パーセントを下らない。すなわち、原告より大規模で営業する被告モダン・プラスチツクの社会保険庁向けロ号-B物件の諸経費の売上高に占める割合は、大量仕入大量生産により、小規模に営む原告のロ号-B物件と同様の商品(本件特許発明の実施品)の諸経費の売上高に占める割合よりも小さくなっても大きくなることはないから、被告モダン・プラスチツクの社会保険庁向けロ号-B物件の納品販売額に対する利益率は、少なくとも原告の前記(一)の純利益率を下回るものではない。

そうすると、被告モダン・プラスチツクが平成五年一〇月の国民厚年分二三八五万枚及び同年一二月の厚生年金分五七〇万枚の落札によって得た利益の額は、一二七二万六九〇〇円(右各販売〔入札〕額の合計八四八四万六〇〇〇円×一五%)を下らない。

原告は、特許法一〇二条一項の規定により、被告モダン・プラスチツクの右行為によって同額の損害を受けたものと推定される。

3 実施料相当額の損害について

右1、2の主張が認められない場合であっても、原告は、特許法一〇二条二項の規定に基づき、本件特許発明の実施料相当額を原告の被った損害として共同不法行為者たる被告らにその賠償を求める。

(一) 本件特許発明の実施料相当額における実施料率としては、昭和六三年から平成三年までの間の外国技術導入契約における実施料率(但し、イニシャルロイヤリティーなしの場合)の平均値が四・六四パーセントであるから、低く見積もっても四パーセントとするのが相当である。

仮に、右理由によっては四パーセントの実施料率が認められないとしても、以下のとおり国有特許権の実施料算定方式により、実施料率はやはり四パーセントを下らないものである。

すなわち、国有特許権実施契約書(昭和二五年二月二七日特総第五八号特許庁長官通牒)の内容(甲第四一号証)は、民間における一般の特許権の実施許諾の場合にも参考とされるべきところ、右国有特許権実施契約書における実施料率は、基準率×利用率×増減率×開拓率という算式により算定される。

基準率は、実施価値「上」のものは四パーセント、「中」のものは三パーセント、「下」のものは二パーセントとされているところ、本件においては、本件特許発明を除いては製品として存立し得ないので、本件特許発明の実施価値は四パーセントとみるのが妥当である。利用率は、発明がその製品において占める割合であって、発明がその製品の全部であるときは一〇〇パーセントとされるが、本件では製品全体の価格と関係のない製品は付帯していないので、一〇〇パーセントとみるのが妥当である。

増減率及び開拓率は、いずれも一〇〇パーセントを基準とするが、本件では格別の事由がないので、これによる。

(二) したがって、社会保険庁向けロ号-B物件については、被告モダン・プラスチツクの総販売(入札)額二億七九三五万〇八〇〇円に四パーセントを乗じた一一一七万四〇三二円(但し、平成五年一〇月の国民厚年分二三八五万枚及び同年一二月の厚生年金分五七〇万枚について右2の主張が認められる場合はこれを除く。)が、また一般ユーザー向けイ号-B物件については、一億七四六〇万円(四円五〇銭×〔二九六四万枚+九一六万枚〕)に四パーセントを乗じた額六九八万四〇〇〇円がそれぞれ実施料相当額と認められ、被告モダン・プラスチツクはその合計額を賠償すべき義務がある。

(三) 被告エイブリイ・トツパンは、右(二)の実施料相当額のうち、計算表1記載分の五三三万万五二〇〇円(四円五〇銭×二九六四万枚×四%)については被告モダン・プラスチツクと連帯して賠償する責任を負う。

【被告らの主張】

1 イ号-B物件の一般ユーザー向け販売による損害について

(一) 被告モダン・プラスチツク関係

被告モダン・プラスチツクは、イ号-B物件を販売したことはない(前記第二の五1参照)。

被告モダン・プラスチツクが販売した原反(イ号-A物件)が、計算表1につき、後記(二)のとおり被告エイブリイ・トツパンにより使用されたこと、及び計算表2のうち、他社により平成五年度までにNHK向け葉書用隠蔽紙(イ号-B物件)として約二九五万枚使用されたことは認める。

その余の主張はいずれも争う。

(二) 被告エイブリイ・トツパン関係

被告エイブリイ・トツパンが、被告モダン・プラスチツクから購入した原反(イ号-A物件)を使用したイ号-B物件を、別紙計算表1のとおり(但し、項目7の伊丹市役所に対する平成四、五年度分計四二万枚、項目8の吹田市役所に対する平成四、五年度分計一〇万枚、項目12の八王子市役所に対する平成五年度分二〇万枚を除く。)ユーザーに販売したことは認める。

2 ロ号-B物件の社会保険庁向け販売による損害(被告モダン・プラスチツク関係)について

被告モダン・プラスチツクがロ号-B物件を社会保険庁に納品販売したことはない。被告モダン・プラスチツクは、原反(ロ号-A物件)を大成紙工株式会社、三光産業株式会社等に販売し、右各社が葉書用隠蔽紙(ロ号-B物件)を製造して社会保険庁に納品販売したものである。その納品販売枚数は原告主張のとおりである。

その余の主張はいずれも争う。

3 実施料相当額の損害について

本件特許発明の実施料率が四パーセントであるとの主張は争う。

葉書用隠蔽紙においては、隠蔽層が不可欠であり、かつ、同層は本件特許発明とは無縁のものであるから、本件特許発明の実施料率は、せいぜい、通常の基準率二~三パーセントに利用率(寄与率)五パーセント以下を乗じた〇・一パーセント程度である。

第四  当裁判所の判断

一  争点1(一)(被告物件は本件特許発明の構成要件1を具備するか)について

1  本件特許発明の構成要件1の意味

本件特許発明の構成要件1の意味について、上層から下層に<1>種々の印刷を施した紙、<2>透明の合成樹脂フイルム、<3>感圧性粘着剤、<4>剥離紙という順番(序列)で積層されていることを意味し、これらがそれぞれ直接(他の層を介在させることなく)隣接している必要はないのか(原告の主張)、右各層がそれぞれ直接(他の層を介在させることなく)隣接して積層されていることを意味するのか(被告らの主張)について争いがあるので、まずこの点から検討する。

(一) 本件明細書の記載及び図面

特許請求の範囲第1項は、構成要件1につき、「種々の印刷を施した紙4と透明の合成樹脂フイルム2と感圧性粘着剤8及び剥離紙9を順に積層したことを特徴とする」と記載されている。

また、発明の詳細な説明の欄には、「この発明を説明すると、まず押出機1に<1>高圧ポリエチレン、<2>ポリプロピレンあるいは<3>中圧ポリエチレン等の合成樹脂から選ばれた1種又は数種を投入、溶融した合成樹脂フイルム2を押出機のTダイ3より押出し紙4と積層し冷却固化する。この方法はエクストルジョンラミネート法と言われるもので、ラミネーション時の溶融樹脂の押出し温度は通常三〇〇℃~三二〇℃である。またポリプロピレンはポリエチレンに較べて溶融温度が約一〇~二〇℃程低いがどちらも前記三〇〇~三二〇℃で十分溶融状態となり、押し出される。この発明においてはラミネーション時の溶融樹脂の押出し温度を二五〇℃~三〇〇℃未満にしたものである。このことはラミネーション時の溶融樹脂の押出し温度を三〇〇℃~三二〇℃とすると紙4と合成樹脂フイルム2が完全接着し、このラミネートしたものは以後剥離することが不可能である。また温度が二五〇℃未満であると紙と合成樹脂フイルムとの接着強度が弱くなるばかりでなく、事実上押出機1より合成樹脂フイルム2を押出すことが不可能となる。したがつてこの発明のようにラミネーション時の溶融樹脂の押出し温度を二五〇℃~三〇〇℃未満にすることが、紙4と合成樹脂フイルム2とを一応弱く接着させ、しかも接着後剥離が容易なものとしてラミネートすることができる。上記は、高圧ポリエチレン、ポリプロピレン、中圧ポリプロピレンについての紙とラミネーション時の押出温度について述べたが、本発明はこれらに限定されるものではなく各種合成樹脂のそれぞれの溶融温度よりやや低い温度にすることで接着後紙4と合成樹脂フイルム2とを容易に剥離することができるようにすることも可能である。なお一般にTダイ3より押出された合成樹脂フイルム2と紙4の接着点、すなわちクーリング・ロール5とプレッシャー・ロールとの加圧点までの距離は一〇〇~一二〇m/mでありTダイ3より押出される溶融した合成樹脂フイルムの温度とは余り差がない。このようにして溶融した合成樹脂のフイルム2と紙4とを前記クーリング・ロール5とプレッシャー・ロール6とで加圧されるが、この加圧もラミネーション時の溶融した合成樹脂フイルム2の押出し温度及びTダイ3より加圧点までの距離との相対的関係において通常のラミネーション時よりやや弱く加圧することが好ましい。なお紙4はラミネーション時以前に文字、図形等の印刷を施していても差し支えない。このようにして紙4と合成樹脂フイルム2とをラミネートしたものは冷却器7を介して積層するが、更にこれに合成樹脂フイルム2の側に感圧性粘着剤8と剥離紙9とを順に積層する。ついで積層したものの紙4の表面に文字、図形等種々の印刷を施してこの発明である表示紙を仕上げる。この場合紙4の重量を四〇g/m2~七〇g/m2であることが望ましく、四〇g/m2未満であると表示紙を剥離する場合に紙4が被着物に残存し、七〇g/m2以上であると紙4のコストが高くなり不経済である。また合成樹脂フイルム2の厚さは一五μ~五〇μが最適であり、一五μ未満であれば強度が弱く剥離が不完全となり五〇μ以上であれば不経済である。このようにして種々印刷を施した紙4と合成樹脂フイルム2と感圧性粘着剤8及び剥離紙9を順に積層したものの一端に紙4を残して切り欠く10か又は切目11を設けることも可能である。この発明のものであれば前記切り欠き10か又は切目11を設けなくても手で十分合成樹脂フイルム2を残存して紙4を被着物より剥離することができるが、切り欠く10か又は切目11を設けると指先で簡単に紙4の一端を掴むことができ便利である。」(公報3欄13行~4欄37行)と記載されている。右引用部分の記載は、主として特許請求の範囲第4項及び第5項の表示紙の製造方法の発明を念頭に置いた記述の仕方になっているが、右のように、その書出し自体、「この発明を説明すると、」というものであって、後記実施例についての記載(公報4欄8行~5欄23行)の前にあって、実施例ではなく本件明細書記載の発明そのものを説明するものであることを明示しており、また、「ついで積層したものの紙4の表面に文字、図形等種々の印刷を施してこの発明である表示紙を仕上げる。」(同4欄20行~21行)との記載は、物の発明たる本件特許発明(特許請求の範囲第1項)に係る表示紙の製造方法の説明であることを示しており、右記載以下の、「この場合紙4の重量を四〇g/m2~七〇g/m2であることが望ましく、四〇g/m2未満であると表示紙を剥離する場合に紙4が被着物に残存し、七〇g/m2以上であると紙4のコストが高くなり不経済である。また、合成樹脂フイルム2の厚さは一五μ~五〇μが最適であり、一五μ未満であれば強度が弱く剥離が不完全となり五〇μ以上であれば不経済である。」(同欄21行~28行)との部分は、本件特許発明の実施態様である特許請求の範囲第2項の発明についての説明であり、「このようにして種々印刷を施した紙4と合成樹脂フイルム2と感圧性粘着剤8及び剥離紙9を順に積層したものの一端に紙4を残して切り欠く10か又は切目11を設けることも可能である。この発明のものであれば前記切り欠き10か又は切目11を設けなくても手で十分合成樹脂フイルム2を残存して紙4を被着物より剥離することができるが、切り欠く10か又は切目11を設けると指先で簡単に紙4の一端を掴むことができ便利である。」(同28行~37行)との部分は、本件特許発明自体(切り欠きも切目も設けないもの)とその実施態様である特許請求の範囲第3項の発明(切り欠き又は切目を設けたもの)についての説明であること、発明の詳細な説明には、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度に、その発明の目的、構成及び効果を記載しなければならないところ(昭和六〇年法律四一号による改正前の特許法三六条四項)、本件明細書における発明の詳細な説明の欄の記載は、発明の課題ないし目的の記載(公報2欄16行~3欄12行)、後記実施例についての記載(同4欄38行~5欄23行)、作用効果の記載(同5欄24行~6欄13行)を除くと、右引用部分がすべてであるから、右引用部分が特許請求の範囲第4項及び第5項の発明のみに関する記載であるとすれば、本件明細書の発明の詳細な説明において、物の発明たる本件特許発明(特許請求の範囲第1項)に対応する構成についての記載は全く存在しないことになり、右特許法三六条四項に反することになることに照らし、右引用部分は、その前半(「ついで積層したものの紙4の表面に文字、図形等種々の印刷を施してこの発明である表示紙を仕上げる。」まで)において、特許請求の範囲第4項及び第5項の表示紙の製造方法の発明について説明するとともに、その後半(「この発明である表示紙を仕上げる。」を含み「この場合」以下)において、右のような製造方法によって製造された表示紙という形で本件特許発明(特許請求の範囲第1項)並びにその実施態様である特許請求の範囲第2項及び第3項の発明の構成を説明する記載であると解さざるを得ない(原告は、右引用部分の記載〔公報3欄13行~38行〕は、本件特許発明に係る表示紙の製造方法の一例を示したものにすぎない旨主張するが、右説示に照らし採用できない。)。

実施例については、「実施例」との見出し(公報4欄38行)のもとに、「高圧ポリエチレンを三二〇℃で溶融したものを押出機のTダイ3より押出し、これを予め巻き取られたものから送られた紙4とクーリング・ロール5とプレッシャー・ロール6との押圧ロールでのラミネーション時の温度を二九〇℃として紙4と透明な合成樹脂フイルム2とをラミネートし、その後冷却器7において冷却した。ついで、紙4と透明な合成樹脂フイルム2を積層しだもののフイルム2側に感圧性粘着剤8を塗布し、その後ロールにより剥離紙を積層し、その後紙4の表面に荷札の様式印刷を行って本発明を仕上げた。なお前記使用した紙の重量は六〇g/m2のものであり、透明な合成樹脂のフイルムの厚さは四〇μのものを利用した。このようにして出来た荷札は、剥離紙9を剥離して、感圧性粘着剤側を段ボールの荷札貼着個所に貼着したが、この場合では紙4と透明な合成樹脂フイルム2とのラミネートした個所は十分接着された状態であった。その後、指先により紙をもって透明な合成樹脂フイルム2から分離すると紙4のみがフイルム2と分離して剥離し、フイルム2は感圧性粘着剤8と共に段ボールに残存した。以上の場合は、透明な合成樹脂フイルム2を段ボール面より剥離されることもなく、しかも紙4のみが完全にフイルム2より剥離された。更に、段ボールに残存した透明な合成樹脂フイルム2上に、別の新たな本発明の荷札を剥離紙9を剥離して感圧性粘着剤8により十分貼着することができた。」(同4欄39行~5欄23行)との記載があるのみである。

また、図面の簡単な説明には、「第2図はこの発明の縦断面図であり、」(公報6欄16行~17行)との記載があり、添付図面第2図には、上から紙、合成樹脂フイルム、感圧性粘着剤、剥離紙が各隣接して積層されたものが示されている。その外、第3図、第4図にも、上から紙、合成樹脂フイルム、感圧性粘着剤、剥離紙が各隣接して積層されたものが示されており、それ以外の積層物を示す図面は存しない。

以上によれば、特許請求の範囲第1項には、構成要件1<1>ないし<4>の各層の間に他の層を任意に介在させ得る旨の記載はなく、発明の詳細な説明にも、構成要件1<1>ないし<4>の各層の間に他の層を任意に介在させ得る旨の記載及びその示唆はなく、かえって、本件明細書記載の発明そのものについての説明である前記引用部分は、構成要件1<1>ないし<4>の各層がそれぞれ直接(他の層を介在させることなく)隣接して積層されるものであることを示唆するものである。また、実施例及び添付図面においても、構成要件1<1>ないし<4>の各層がそれぞれ直接隣接して積層されたもののみが示されている。

原告は、本件特許発明の趣旨は、表示紙を被着物に貼着した後、透明の合成樹脂フイルムのみを残存させて、被着物表面に記載された文字や模様等が消されないようにすることにあるから、各層を直接当接するように積層しなければならないということはない旨主張するが、本件特許発明(特許請求の範囲第1項)では、構成要件1<1>ないし<4>の各層を、「順に積層したことを特徴とする」と記載されているのであるから、右各層の構成、数、積層の順序のいずれもが本件特許発明にとって重要なものであり、他の層の存在は予定していないものと解すべきである。原告は、もし任意の他の層の存在を予定していないものであれば、特許請求の範囲は「…剥離紙9のみを順に積層した…」と記載されたはずである旨主張するが、もちろん特許請求の範囲がそのように記載されていればより明確ではあるものの、本件においては、特許請求の範囲がそのように記載されていなくても、発明の詳細な説明における前記引用部分が、各層がそれぞれ直接(他の層を介在させることなく)隣接して積層されるものであることを示唆しているのであるから、右主張も採用できない。

(二)公知技術

本件特許発明は荷札、ラベル等の表示紙に関するものであるところ、本件特許発明の出願前の実用新案出願公開昭五〇-一二〇六二号(実願昭四八-六六三二三号)に係る明細書及び図面(乙第二号証の1・2)に記載された考案は、その実用新案登録請求の範囲が「上側シートの片面に接着剤層を設け、該接着剤層に剥離可能な下側シートを貼着し、さらに下側シートの他面に接着剤層を設けて成る接着シート」(1頁5行~8行)というものであり、考案の詳細な説明の欄には、考案の対象について「本考案はラベルまたはフスマ等の装飾用等に使用される接着シートに関するものである。」(1頁10行~11行)、考案の目的について、「従来、上記の如くの用途に使用されている接着シートは、紙等の基体に接着剤を塗布したものであり、表面強度の弱い段ボール、紙等の被着体に貼着して使用することが多い。しかしながらラベルとしては不要時における引き剥がし、または荷物転送時におけるラベルの貼り替えに際し、被着体表面を損傷することが多くトラブルが絶えなかった。またフスマ等に用いられる装飾用シートにおいても模様がえの時には、手間がかかるうえ下地を損傷することが多く面倒なものであった。本考案は上記の欠点を解決するものである。」(1頁12行~2頁3行)、構成について、「即ち、本考案に係る接着シートは、上側シートの片面に接着剤層を設け、該接着剤層に剥離可能な下側シートを貼着し、さらに下側シートの他面に接着剤層を設けて成るものである。本考案を実例によって説明すると、(1)はポリエチレン、ポリエステル等各種のプラスチックフイルム、紙、金属箔等またはそれらを適宜積層した複合体より成る上側シートであって、文字、模様、色彩等は適宜施される。(2)、(4)は接着剤層であり、溶剤賦活型、熱賦活型等各種の接着剤が使用せられ同種、異種どちらでもよいが、使用の便利さから両者ともに感圧性接着剤にすることが好ましい。(3)は接着剤層(2)より剥離可能な下側シートであって、紙、各種のプラスチックフイルム、金属箔等が使用せられるが、剥離を容易にするため接着剤層(2)に貼着される面には剥離処理を施すことが好ましい。(5)は必要に応じて設けられる剥離性の保護シートである。」(2頁4行~3頁2行)、作用効果について、「本考案は上記の如くの構成としたので、不要時には接着剤層(2)と下側シート(3)の境界より簡単に剥離でき、また荷物転送時におけるラベルの貼り替えに際しては、上側シートを下側シートより剥離し、被着体上に残った下側シートをそのまま使用するか、またはその上に新しいラベルを貼着すればよいので段ボール等の被着体表面を損傷することは全くない。さらにフスマ等の装飾用シートにおいて、下側シートに模様色彩等をあらかじめ施したものにあっては上側シートを剥離するのみで、また下側シートが無地のものにあっては上側シートを剥離し、その上に新しい装飾用シートを貼着するだけで季節、雰囲気に応じて、下地を損傷することなく、簡単に模様がえできる。」(3頁3行~17行)と記載されている。

すなわち、右明細書及び図面に記載された接着シートは、上層から下層に、(1)上側シート、(2)接着剤層、(3)下側シート、(4)接着剤層、(5)必要に応じて(4)の下に設けられる剥離性の保護シートという順番で積層された構造を有するものである。

仮に原告主張のように、本件特許発明の構成要件1は、上層から下層に<1>種々の印刷を施した紙、<2>透明の合成樹脂フイルム、<3>感圧性粘着剤、<4>剥離紙という順番で積層されていることを意味し、これらがそれぞれ直接(他の層を介在させることなく)隣接している必要はないとすれば、右考案において、(1)の上側シートの材料として紙を採用して文字を施し、(3)の下側シートに透明のプラスチックフイルムを採用した場合、本件特許発明は右考案と同一の構成を有することになり(右考案の(1)、(3)、(4)、(5)がそれぞれ本件特許発明の<1>、<2>、<3>、<4>に相当し、(1)の上側シートと(3)の下側シートの間に(2)の接着剤層が介在しても、本件特許発明の構成要件1と同様に、上層から下層に右(1)、(3)、(4)、(5)の各層が右の順番で積層されていることになる。右考案における(3)の透明のプラスチックフイルムから成る下側シートは(2)の接着剤層と剥離可能に接着されているから、(1)の上側シート及び(2)の接着剤層を剥離した後は、本件特許発明の構成要件2と同様に、透明のプラスチックフイルムから成る下側シートのみが被着物に残存することになり、また、上側シートの材料として紙を採用して文字を施したラベルが、本件特許発明の構成要件3にいう「荷札、ラベル等の表示紙」に該当することは明らかである。)、本件特許発明の特許には明白な無効事由があることになるから、原告の右主張は採用することができず、この点からいっても、本件特許発明は構成要件<1>ないし<4>の各層がそれぞれ直接隣接して積層された構造を有するものであると解するのが相当である。

原告は、右実用新案出願公開に係る明細書及び図面には、被着物の印刷が消されないようにするという本件特許発明の目的、及び「透明の合成樹脂フイルムのみを被着物に残存するようにした」という構成要件について何らの言及も示唆もない旨主張する。しかし、まず、「透明の合成樹脂フイルムのみを被着物に残存するようにした」という構成要件については、前示のとおり、(3)の透明のプラスチックフイルムから成る下側シートは(2)の接着剤層と剥離可能に接着され(2頁16行~20行「(3)は接着剤層(2)より剥離可能な下側シートであって、…剥離を容易にするため接着剤層(2)に貼着される面には剥離処理を施すことが好ましい。」)、(1)の上側シート及び(2)の接着剤層を剥離した後は、透明のプラスチックフイルムから成る下側シートのみが被着物に残存することになること(3頁3行~8行「不要時には接着剤層(2)と下側シート(3)の境界より簡単に剥離でき、また荷物転送時におけるラベルの貼り替えに際しては、上側シートを下側シートより剥離し、被着体上に残った下側シートをそのまま使用する」)が明記されている。また、被着物の印刷が消されないようにするという本件特許発明の目的については、なるほど右明細書にはこれを明記した個所はないものの、「不要時には接着剤層(2)と下側シート(3)の境界より簡単に剥離でき、また荷物転送時におけるラベルの貼り替えに際しては、上側シートを下側シートより剥離し、被着体上に残った下側シートをそのまま使用するか、またはその上に新しいラベルを貼着すればよいので段ボール等の被着体表面を損傷することは全くない。」(3頁3行~10行)というのであり、上側シートを剥離すると下側シートが段ボール等の被着物上に残存し、段ボール等の被着物の表面を損傷することは全くないというのであるから、右考案においても、下側シートに透明のプラスチックフイルムを採用した場合、段ボール等の被着物の表面の印刷が消されないという作用効果を奏するのは当然のことであって、本件特許発明が、このことを目的として明記したからといって、構成が同一である右考案と別異の発明になるものでないことはいうまでもない。

この点について、原告は、右明細書では、プラスチックフイルムは紙や金属箔という不透明なものと並列に記載されているから、このプラスチックフイルムは当業者に不透明なものであると認識されるのが自然であるばかりでなく、下側シートは模様や色彩等が施されたり、或いは無地である旨記載されており(3頁11行~14行)、透明なものは排除されていることが明らかであると主張する。しかし、右明細書中の「(3)は接着剤層(2)より剥離可能な下側シートであって、紙、各種のプラスチックフイルム、金属箔等が使用せられる」(2頁16行~18行)との記載は、下側シートの材料として薄いシート状に形成するに適したものを例示したにすぎないし、プラスチックフイルムには透明なものと不透明なものとの両方が存在すること(乙第四号証)自体は原告も認めるところであり、少なくとも不透明なプラスチックフイルムに対して透明なプラスチックフイルムは例外的、非日常的なものであると認めるに足りる証拠はないのであって、右明細書記載のプラスチックフイルムから透明のプラスチックフイルムを排除する旨の記載はなく、プラスチックフイルムが透明であるからといって、右考案の前記目的を達成することができなくなるとか、ラベルについての「本考案は上記の如くの構成としたので、不要時には接着剤層(2)と下側シート(3)の境界より簡単に剥離でき、また荷物転送時におけるラベルの貼り替えに際しては、上側シートを下側シートより剥離し、被着体上に残った下側シートをそのまま使用するか、またはその上に新しいラベルを貼着すればよいので段ボール等の被着体表面を損傷することは全くない。」という作用効果、又はフスマ等の装飾用シートについての「下側シートが無地のものにあっては上側シートを剥離し、その上に新しい装飾用シートを貼着するだけで季節、雰囲気に応じて、下地を損傷することなく、簡単に模様がえできる。」という作用効果を奏することができなくなるとは考えられないから、原告の主張は採用することができない(右ラベルについての作用効果の記載によれば、「荷物転送時におけるラベルの貼り替えに際して」「上側シートを下側シートより剥離し、被着体上に残った下側シートをそのまま使用する」場合、段ボール等の表面にそのまま残存するいわば用済みの下側シートは不透明であるより透明である方が目立たないし、「その上に新しいラベルを貼着す」る場合も、残存する下側シートが不透明であれば、上に貼着する新しいラベルが残存する下側シートを完全に覆わないと下側シートが目立つことになるから、右作用効果からすれば、むしろ、右考案における下側シートは透明である方が好ましいとさえいうことができる。)。

2  被告物件との対比

(一) これに対し、被告物件のうちイ号-B物件は、別紙イ号-B物件目録記載のとおり、上層から下層に<1>表面に購入者(官庁等)の指示する文言を印刷したコート紙a、<2>顔料を添加して暗褐色に着色した厚さ約二五μmの溶融液状ポリエチレン樹脂を塗布した隠蔽層b、<3>アクリル樹脂を主剤とする(助剤及び添加剤を添加)厚さ約一〇μmの透明インキ塗布層c、<4>厚さ約二〇~二五μmの感圧粘着剤層d、<5>剥離紙eの各層を各隣接して積層したものである。

また、ロ号-B物件は、別紙ロ号-B物件目録記載のとおり、上層から下層に<1>表面に購入者(官庁等)の指示する文言を印刷したコート紙a、<2>厚さ約二μmの黒インキ塗布層に厚さ約一五μmの溶融液状ポリエチレン樹脂を塗布して重ね二層からなる隠蔽層b、<3>塩化ビニル-酢酸ビニル共重合体を主剤とする(助剤及び添加剤を添加)厚さ約5μmの透明剥離ニス塗布層c、<4>厚さ約二〇~二五μmの感圧粘着剤層d、<5>剥離紙eの各層を各隣接して積層したものである。

被告物件の右コート紙a、透明インキ塗布層又は透明剥離ニス層c、感圧性粘着剤層d、剥離紙eの各層がそれぞれ本件特許発明の構成要件1の<1>、<2>、<3>、<4>に各相当するとしても(被告物件の透明インキ塗布層又は透明剥離ニス塗布層cは本件特許発明の<2>透明の合成樹脂フイルム2に該当しないとの被告らの主張に対する判断はさておき)、コート紙aの層と透明インキ塗布層又は透明剥離ニス塗布層cの層とが直接隣接しておらず、間に隠蔽層bが介在しているので、被告物件は本件特許発明の構成要件1を具備しないものというべきである。

(二) 原告は、被告物件に隠蔽層bを設けた意義についての被告らの主張は、内容物の記載を秘密にする秘匿性の向上と、隠蔽紙全体に強度を持たせるとの主張に尽きるものと思われるが、本件特許発明においても、第一層の紙は元来透明なものは排除され、これにより下層の記載は隠されているのが一般的であり、全体の強度は、本件特許発明の解決課題・作用効果と何の関係もない事項であるから、本件特許発明の「表示紙を剥離した際に被着物の表面を損傷することなく、しかも被着物の表面の印刷等を覆い隠さないように」するという所期の解決課題に対し、(間接積層を含む意味での)順次四層積層構造をとって「透明の合成樹脂フイルムのみを被着物に残存させ」る具体的実現手段としては、隠蔽層があってもなくても何ら変わることがなく、隠蔽層は、本件特許権の侵害を回避するための弁解を用意するのに設けられた単なる付加にすぎないと主張する。

しかし、本件特許発明の構成要件1<1>の紙の層と<2>の透明の合成樹脂フイルムの層とは直接隣接しているもの、すなわち両層の間には他の層が介在しないものと解すべきであることは前示のとおりであり、また、本件明細書には、本件特許発明の解決課題として、「昨今の段ボール箱や紙箱類に種々の形式の印刷が施されており、しかも段ボール箱等の表面積の1/2以上が印刷されている現状において、荷札、ラベル等の表示紙を印刷された上に直接貼付けていることをかんがみると印刷効果を失なうばかりでなく、ユーザーにとっても不便である。特に段ボール箱や紙箱類に印刷されている文字はPRやその他の目的で施されているうえで、この印刷されたものを消すことなくしかも段ボール箱を損傷せずに剥離容易な荷札、ラベル等の表示紙が必要となった。」(公報2欄37行~3欄10行)との記載があるところ、右記載は直接的には表示紙の剥離後に被着物に印刷された文字を消さないようにする必要性についての記載であるものの、本件特許発明は、被着物に印刷された文字は不特定多数の者に見せるものであって、表示紙を貼付した場合に表示紙が有する隠蔽作用は欠点であるとして捉え、表示紙の剥離後は被着物に印刷された文字が消えないようにするという技術的思想に基づくものであるのに対し、被告物件は、被着物(通知用の葉書等)に印刷された文字は不特定多数の者に見せないようにするものであり、そのためにコート紙aと透明インキ塗布層c(イ号-B物件)又は透明剥離ニス塗布層c(ロ号-B物件)との間に隠蔽層bを介在させて隠蔽作用を発揮させるという技術的思想に基づくものであって、質的に異なる技術的思想に基づくものであるから、被告物件の隠蔽層をもって、あってもなくてもよい単なる付加にすぎないということはできない(なお、証拠〔甲第二八、第二九号証、検甲第一号証の1~6、第五、第六号証の各1・2、第七号証〕及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件特許発明の特許出願〔昭和五一年一一月五日〕の後、荷札〔昭和五二年〕、張り替え容易な製品ラベル〔昭和五三年〕、張り替え容易なプライスラベル〔昭和五八年、検甲第六号証の1・2〕、販売促進用ラベル〔昭和五九年、検甲第五号証の1・2〕等を開発したこと、その後、昭和六一年春頃から、大和銀行及びその子会社の大和銀総合システム、敷島印刷等において、金融機関が顧客に郵送する各種通知書に、葉書を用いることが研究されるようになったが、この際、プライバシー保護を完全にし大量処理を可能にするという観点から、通知書に高速ラベリングマシンによりラベルを貼ることができ、かつ、受取人がこのラベルを容易に剥がして通知内容を見ることができ、受取人以外の者がラベルを剥がして通知内容を見た場合にはそのことが容易に判明するようにすることが要請されたこと、昭和六二年二月頃から、原告と敷島印刷が共同開発をした結果、同年五月、「しんてんシール」として完成したこと、昭和六三年二月一五日、郵便規則の改正により、葉書用の隠蔽紙が承認されたことが認められ、右事実によれば、本件特許発明の出願時には、出願人である原告は葉書用の隠蔽紙を認識していなかったものと認められる。)。

二  結論

以上によれば、被告物件は本件特許発明の技術的範囲に属しないことが明らかであるから、原告の被告らに対する本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないというべきである。

(裁判長裁判官 水野武 裁判官 田中俊次 裁判官 本吉弘行)

<19>日本国特許庁(JP) <11>特許出願公告

<12>特許公報(B2) 昭55-15035

<51>Int.Cl.3G 09 F 3/02 //B 31 D 1/00 識別記号 庁内整理番号 6363-5C 7724-3E <24><44>公告 昭和55年(1980)4月21日 発明の数 2

<54>透明の合成樹脂フイルムのみを被着物に残存するようにした荷札、ラベル等の表示紙とその製造方法

<21>特願 昭51-132296

<22>山願 昭51(1976)11月5日

公開 昭53-57800

<43>昭53(1978)5月25日

<72>発明者 中川裕之

枚方布宮之下町34~1

<71>出願人 旭加工紙株式会社

大阪市旭区高殿1丁目2番8号

<74>代理人弁理士 渡辺秀雄

<57>特許請求の範囲

1 種々の印刷を施した紙4と透明の合成樹脂フイルム2と感圧性粘着剤8及び剥離紙9を順に積層したことを特徴とする透明の合成樹脂フイルムのみを被着物に残存するようにした荷札、ラベル等の表示紙。

2 種々の印刷を施した紙4の重量を40g/m2~70g/m2とし、透明の合成樹脂フイルムの厚さを15μ~50μとしたことを特徴とする特許請求の範囲第1項記載の透明の合成樹脂フイルムのみを被着物に残存するようにした荷札、ラベル等の表示紙。

3 種々の印刷を施した紙4と透明の合成樹脂フイルム2と感圧性粘着剤8及び剥離紙9を順に積層したものの一端に紙4を残して切り欠く10か又は切目11を設けたことを特徴とする特許請求の範囲第1項又は第2項記載の透明の合成樹脂フイルムのみを被着物に残存するようにした荷札、ラベル等の表示紙。

4 透明の合成樹脂フイルムをTダイ3から押し、出し、押圧ロール紙4とラミネートする方法において、ラミネーシヨン時の溶融樹脂フイルム2の押出し温度を、各種合成樹脂のそれぞれの溶融温度よりやや低い温度にすることで接着後剥離が容易になるように紙4とラミネートし、その後前記合成樹脂フイルム2の側に感圧性粘着剤8と剥離紙4を積層して紙4、合成樹脂フイルム2、感圧性粘着剤8及び剥離紙9を順に積層したことを特徴とする透明の合成樹脂フイルムのみを被着物に残存するようにした荷札、ラベル等の表示紙の製造方法。

5 前記透明の合成樹脂フイルムを、高圧ポリエチレン、中圧ポリエチレンあるいはポリプロピレンから選ばれた1種又は数種のものであることを特徴とする特許請求の範囲第4項記載の透明の合成樹脂フイルムのみを被着物に残存するようにした荷札、ラベル等の表示紙の製造方法。

発明の詳細な説明

この発明は荷札、ラベル等の表示紙を剥離した際に被着物の表面を損傷することなく、しかも被着物の表面の印刷等を覆い隠さないようにした透明の合成樹脂フイルムのみを被着物に残存するようにした荷札、ラベル等の表示紙に関する。

現在、一般的に広く使用されている段ボール箱、紙箱等は輸送その他の必要上荷札な商品のラベルあるいはシール等を貼付けている。これらのシール等の表示紙は流通経路によりある時点で剥離する必要が生じるが、この場合に従来のものでは被着物たとえば段ボール箱や紙箱から剥離する際に箱の表面を損傷させたり、表示紙が完全に除去できずに箱に残存してしまう欠点があつた。この欠点を解消するものとして、出願人は昭和51年実願第67772号において段ボール箱を損傷させることなく剥離を容易にした荷札を出願中である。しかし出願中の考案では段ボール箱を損傷させることなく剥離を容易にするが、剥離した後に表示紙すなわち円網抄紙法により抄造された紙の一部を段ボールに残存させるために段ボールの表面に付された文字、図形等の印刷物が消されてしまう結果となる。このことは昨今の段ボール箱や紙箱類に種々の形式の印刷が施されており、しかも段ボール箱等の表面積の<省略>以上が印刷されている現状において、荷札、ラベル等の表示紙を印刷された上に直接貼付けていることをかんがみると印刷効果を失なうばかりでなく、ユーザーにとつても不便である。特に段ボール箱や紙箱類に印刷されている文宇はP.R.やその他の目的で施されているうえで、この印刷されたものを消すことなくしかも段ボール箱を損傷せずに剥離容易な荷札、ラベル等の表示紙が必要となつた。発明者はこの点に着眼し、種々研究、実験を行なつた結果以下の発明を完成した。

この発明を説明すると、まず押出機1に<1>高圧ポリエチレン、<2>ポリプロピレンあるいは<3>中圧ポリエチレン等の合成樹脂から選ばれた1種又は数種を投入、溶融した合成樹脂フイルム2を押出機のTダイ3より押出し紙4と積層し冷却固化する。この方法はエクストルジヨンラミネート法と言われるもので、ラミネーシヨン時の溶融樹脂の押出し温度は通常300℃~320℃である。またポリプロピレンはポリエチレンに較べて溶融温度が約10~20℃程低いがどちらも前記300℃~320℃で十分溶融状態となり、押し出される。この発明においてはラミネーシヨン時の溶融樹脂の押出し温度を250℃~300℃未満にしたものである。このことはラミネーシヨン時の溶融樹脂の押出し温度を300℃~320℃とすると紙4と合成樹脂フイルム2が完全接着し、このラミネートしたものは以後剥離することが不可能である。また温度が250℃未満であると紙と合成樹脂フイルムとの接着強度が弱くなるばかりでなく、事実上押出機1より合成樹脂フイルム2を押出すことが不可能となる。したがつてこの発明のようにラミネーシヨン時の溶融樹脂の押出し温度を250℃~300℃未満にすることが、紙4と合成樹脂フイルム2とを一応弱く接着させ、しかも接着後剥離が容易なものとしてラミネートすることができる。上記は、高圧ポリエチレン、ポリプロピレン、中圧ポリプロピレンについての紙とラミネーシヨン時の押出温度について述べたが、本発明はこれらに限定されるものではなく各種合成樹脂のそれぞれの溶融温度よりやや低い温度にすることで接着後紙4と合成樹脂フイルム2とを容易に剥離することができるようにすることも可能である。なお一般にTダイ3より押出された合成樹脂フイルム2と紙4の接着点、すなわちクーリング・ロール5とブレツシヤー・ロールとの加圧点までの距離は100~120m/mでありTダイ3より押出される溶融した合成樹脂フイルムの温度とは余り差がない。

このようにして溶融した合成樹脂のフイルム2と紙4とを前記クーリング・ロール5とブレツシヤー・ロール6とで加圧されるが、この加圧もラミネーシヨン時の溶融した合成樹脂フイルム2の押出し温度及びTダイ3より加圧点までの距離との相対的関係において通常のラミネーシヨン時よりやや弱く加圧することが好ましい。なお紙4はラミネーシヨン時以前に文字、図形等の印刷を施していても差し支えない。このようにして紙4と合成樹脂フイルム2とをラミネートしたものは冷却器7を介して積層するが、更にこれに合成樹脂フイルム2の側に感圧性粘着剤8と剥離紙9とを順に積層する。ついで積層したものの紙4の表面に文字、図形等種々の印刷を施してこの発明である表示紙を仕上げる。この場合紙4の重量を40g/m2~70g/m2であることが望ましく、40g/m2未満であると表示紙を剥離する場合に紙4が被着物に残存し、70g/m2以上であると紙4のコストが高くなり不経済である。また合成樹脂フイルム2の厚さは15μ~50μが最適であり、15μ未満であれば強度が弱く剥離が不完全となり50μ以上であれば不経済である。このようにして種々印刷を施した紙4と合成樹脂フイルム2と感圧性粘着剤8及び剥離紙9を順に積層したものの一端に紙4を残して切り欠く10か又は切目11を設けることも可能である。この発明のものであれば前記切り欠き10か又は切目11を設けなくても手で十分合成樹脂フイルム2を残存して紙4を被着物より剥離することができるが、切り欠く10か又は切目11を設けると指先で簡単に紙4の一端をむことができ便利である。

実施例

高圧ポリエチレンを320℃で溶融したものを押出機のTダイ3より押出し、これを予め巻き取られたものから送られた紙4とクーリング・ロール5とブレツシヤー・ロール6との押圧ロールでのラミネーシヨン時の温度を290℃として紙4と透明な合成樹脂フイルム2とをラミネートし、その後冷却器7において冷却した。ついで、紙4と透明な合成樹脂フイルム2を積層したもののフイルム2側に感圧性粘着剤8を塗布し、その後ロールにより剥離紙を積層し、その後紙4の表面に荷札の様式印刷を行つて本発明を仕上げた。

なお前記使用した紙の重量は60g/m2のものであり、透明な合成樹脂のフイルムの厚さは40μのものを利用した。

このようにして出来た荷札は、剥離紙9を剥離して、感圧性粘着剤側を段ボールの荷札貼着個所に貼着したが、この場合では紙4と透明な合成樹脂フイルム2とのラミネートした個所は十分接着された状態であつた。その後、指先により紙をもつて透明な合成樹脂フイルム2から分離すると紙4のみがフイルム2と分離して剥離し、フイルム2は感圧性粘着剤8と共に段ボール残存した。

以上の場合は、透明な合成樹脂フイルム2を段ボール面より剥離されることもなく、しかも紙4のみが完全にフイルム2より剥離された。

更に、段ボールに残存した透明な合成樹脂フイルム2上に、別の新たな本発明の荷札を剥離紙9を剥離して感圧性粘着剤8により十分貼着することができた。

以上述べてきたようにこの発明によれば、

<1> 段ボール、紙箱等の被着物を破損することなく簡単に荷札、ラベル等の表示紙を剥離できるだけでなく、剥離後の段ボール等の表面の印刷を消すことがなく美麗である。

<2> 紙4の剥離後は被着物に合成樹脂フイルムが感圧性粘着剤と共に残存するが、更にこの合成樹脂の上からでもこの発明の表示紙を重ねて貼着することができる。

<3> 経済性の上でも長網抄紙法により抄造された紙と円網抄紙法により抄造された紙とを積層したものより、この発明のように紙と合成樹脂フイルムとを積層したものの方が安価であり、工程上も従来の合成樹脂のラミネートする方法をそのまま利用することによりきわめて有益である。

図面の簡単な説明

第1図は紙と合成樹脂フイルムを積層する状態を示す説明図である。第2図はこの発明の縦断面図であり、第3図はイは第2図の一端を切り欠いたものでロは第2図の一端に切目を設けた縦断面図である。第4図はこの発明を被着物より剥離する状態を示す縦断面図である。第5図はこの発明を積層した原反の斜視図であり、これから荷札、ラベル等の表示紙を作るものである。

2……合成樹脂フイルム、3……Tダイ、4……紙、8……感圧性粘着剤、9……剥離紙、10……切り欠き、11……切目。

第1図

<省略>

第2図

<省略>

第4図

<省略>

第3図

<省略>

第5図

<省略>

イ号-A物件目録

左記構成、製法に示す葉書用隠蔽紙形成用シール原反(商品名「プライベートシール」)

一、図面の説明

第1図はイ号物件の隠蔽紙形成用材料の隠蔽紙部分の断面図である。

二、構成及び製法の説明

ロール巻原反

<1> 表面に印刷を施していないコート紙a、

<2> 顔料を添加して暗褐色に着色した厚さ約二五μmの溶融液状ポリエチレン樹脂を塗布した隠蔽層b、

<3> アクリル樹脂を主剤とする(助剤及び添加剤を添加)厚さ約一〇μmの透明インキ塗布層c、

<4> 厚さ約二〇~二五μmの感圧粘着剤層d、

<5> 剥離紙e

の右<1>乃至<5>の五層を順に積層した

広幅長尺のロール巻原反(一例として巾三〇センチメートル・長さ数千メートル)

イ号-B物件目録

左記構成、製法に示す葉書用隠蔽紙形成用材料(商品名「プライベートシール」)

一、図面の説明

第1図はイ号物件の隠蔽紙形成用材料の隠蔽紙部分の断面図である。

二、構成及び製法の説明

1、ロール巻原反

<1> 表面に印刷を施していないコート紙a、

<2> 顔料を添加して暗褐色に着色した厚さ約二五μmの溶融液状ポリエチレン樹脂を塗布した隠蔽層b、

<3> アクリル樹脂を主剤とする(助剤及び添加剤を添加)厚さ約一〇μmの透明インキ塗布層c、

<4> 厚さ約二〇~二五μmの感圧粘着剤層d、

<5> 剥離紙e

の右<1>乃至<5>の五層を順に積層した

広幅長尺のロール巻原反(一例として巾三〇センチメートル・長さ数千メートル)

2、隠蔽紙形成用材料

右1のロール巻原反紙のコート紙aの隠蔽紙部分の表面(並列・多数)に購入者(官庁等)の指示する文言「シールをはがしてごらんください」等を印刷した後、右隠蔽紙部分の周囲に、剥離紙eのみを残して切り込み(半抜き)、残余の右<1>乃至<4>層を剥離し、長手方向に三分し剥離紙上に隠蔽紙を間隔をおいて一列に多数枚有する長尺の隠蔽紙形成用材料(長さ数百メートル)。葉書に貼付した右隠蔽紙は、<2>と<3>の境界で剥離する。

第1図 イ号物件

<省略>

ロ号-A物件目録

左記構成、製法に示す葉書用隠蔽紙形成用シール原反(商品名「シークレットキープラベル」)

一、図面の説明

第1図はロ号物件の隠蔽紙形成用材料の隠蔽紙部分の断面図である。

二、構成及び製法の説明

ロール巻原反

<1>表面に印刷を施していないコート紙a、

<2> 厚さ約二μmの黒インキ塗布層に厚さ約一五μmの溶融液状ポリエチレン樹脂を塗布して重ね二層からなる隠蔽層b、

<3> 塩化ビニル-酢酸ビニル共重合体を主剤とする(助剤及び添加剤を添加)厚さ約五μmの透明剥離ニス塗布層c、

<4> 厚さ約二〇~二五μmの感圧粘着剤層d、

<5> 剥離紙e

の右<1>乃至<5>の五層を順に積層した

広幅長尺のロール巻原反(一例として巾三〇センチメートル・長さ数千メートル)

ロ号-B物件目録

左記構成、製法に示す葉書用隠蔽紙形成用材料(商品名「シークレットキープラベル」)

一、図面の説明

第1図はロ号物件の隠蔽紙形成用材料の隠蔽紙部分の断面図である。

二、構成及び製法の説明

1、ロール巻原反

<1> 表面に印刷を施していないコート紙a、

<2> 厚さ約二μmの黒インキ塗布層に厚さ約一五μmの溶融液状ポリエチレン樹脂を塗布して重ね二層からなる隠蔽層b、

<3> 塩化ビニル-酢酸ビニル共重合体を主剤とする(助剤及び添加剤を添加)厚さ約五μmの透明剥離ニス塗布層c、

<4> 厚さ約二〇~二五μmの感圧粘着剤層d、

<5> 剥離紙e

の右<1>乃至<5>の五層を順に積層した

広幅長尺のロール巻原反(一例として巾三〇センチメートル・長さ数千メートル)

2、隠蔽紙形成用材料

右1のロール巻原反紙のコート紙aの隠蔽紙部分の表面(並列・多数)に購入者(官庁等)の指示する文言「ここから開けて下さい。」等を印刷した後、右隠蔽紙部分の周囲に、剥離紙eのみを残して切り込み(半抜き)、残余の右<1>乃至<4>層を剥離し、長手方向に三分し剥離紙上に隠蔽紙を間隔をおいて一列に多数枚有する長尺の隠蔽紙形成用材料(長さ数百メートル)。葉書に貼付した右隠蔽紙は、<2>と<3>の境界面で剥離する。

第1図 ロ号物件

<省略>

計算表1

一般ユーザー向けイ号-B物件使用実績表及び損害金計算表Ⅰ

(モダン・プラスチツク×エイブリイ・トツパン分)

Ⅰ 使用実績

<省略>

総計 29,640,000

1枚あたりの推定販売価格 金4円50銭

総販売価格 133,380,000円

Ⅱ 被告らの推定利益率

28%

Ⅲ 損害賠償金

金37,346,400円〔但し、133,380,000円×28%〕

計算表2

一般ユーザー向けイ号-B物件使用実績表及び損害金計算表Ⅱ(モダン・プラスチツク直販分)

Ⅰ 使用実績

<省略>

総計 9,160,000

一枚あたりの推定販売価格 金4円50銭

総販売価格 金41,220,000円

Ⅱ 被告モダン・プラスチツクの推定利益率

28%

Ⅲ 被告モダン・プラスチツクの損害賠償金

金11,541,600円

〔但し、41,220,000円×28%〕

計算表3

社会保険庁向けロ号-B物件使用実績表及び損害金計算表Ⅰ

Ⅰ 被告らのロ号-B物件の販売実績及び販売額

1 平成5年4月 社会保険庁向け入札分

<1> 厚生年金保険 5,730,000枚

販売(入札)単価 4.75円/枚

販売(入札)額 金27,217,500円

<2> 国民年金分 7,470,000枚

販売(入札)単価 4.59円/枚

販売(入札)額 金34,287,300円

2 上記販売総額

金61,504,800円

[<1>+<2>]

Ⅱ 被告らの推定利益率

15%

Ⅲ 損害賠償額

金922万円(但し、千円単位以下切捨て)

[但し 61,504,800円×15%]

計算表4

社会保険庁向けロ号-B物件使用実績表及び損害金計算表Ⅱ

(モダン・プラスチツク分)

Ⅰ 被告モダン・プラスチツクのロ号-B物件の追加販売実績及び販売額

1、平成5年10月

<1>厚生年金分 20,340,000枚

販売(入札)単価 2.90円/枚

販売(入札)額 金59,000,000円

<2>国民年金分 25,416,000枚

販売(入札)単価 2.91円/枚

販売(入札)額 金74,000,000円

<3>国民厚年分 23,850,000枚

販売(入札)単価 2.89円/枚

販売(入札)額 金69,000,000円

(入札納入業者 訴外大成紙工株式会社)

2、平成5年12月

<1>厚生年金分 5,700,000枚

販売(入札)単価 2.78円/枚

販売(入札)額 金15,846,000円

(入札納入業者 訴外三光産業株式会社)

3、上記1、2の販売総額

金217,846,000円

Ⅱ 被告モダン・プラスチツクの推定利益率

15%

Ⅲ 追加損害賠償額

金32,676,900円

〔但し、217,846,000円×15%〕

特許公報

<省略>

<省略>

<省略>

<省略>

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